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「面白そう!」が個人活動を加速させる ― 共感ベースで広がる「&HAND」プロジェクト

2017年12月11日から5日間、東京メトロ銀座線でとある実証実験が行われました。電車で立っているのがつらい妊婦さんと席を譲る意思のある乗客とを「LINE」でマッチングし、席譲りを後押しする「&HAND / アンドハンド」というものです。このアイデアを考案し、実証実験に漕ぎ着けたのは、一般社団法人PLAYERSの「&HAND(アンドハンド)」プロジェクトチームでした。プロジェクトに携わるのは、プランナーやデザイナー、エンジニアなど、それぞれ本業を持った人びと。あくまで個人的な活動としてスタートしたプロジェクトが、大企業とコラボレーションし、サービスを事業化しようとしているのです。 

日本企業が少しずつオープンイノベーションを導入し、新規事業の可能性を模索する中で、アイデアソンやハッカソン、コンテストなどでどんなに優れたアイデアが発表されても、実現にまで至るのはごく限られているのも確か。そんな中、なぜ&HANDプロジェクトはわずか1年半という短期間で、企業とのコラボレーションによる実証実験が実現できたのでしょうか。
一般社団法人PLAYERSを主宰し&HANDプロジェクトのチームリーダーを務めるタキザワケイタさんと、メンバーの加来幸樹さん、永井結子さんに、その裏側を伺いました。前編ではプロジェクト発足の経緯と背景、目指すビジョンに迫ります。

—タキザワケイタ クリエイティブファシリテーター・ワークショップデザイナー
一般社団法人PLAYERS 主宰/「アンドハンド」プロジェクトチーム、LEGO® SERIOUS PLAY® 認定ファシリテーター、青山学院大学 ワークショップデザイナー育成プログラム講師
新規事業・商品開発・ブランディング・人材育成・組織開発など、企業や社会が抱えるさまざまな課題の解決に向け、ワークショップを実践している。タキザワケイタ PORTFOLIO https://keitatakizawa.themedia.jp

—加来幸樹(かく・こうき) 株式会社セプテーニ・ベンチャーズ クリエイティブファシリテーション事業 /事業責任者
一般社団法人PLAYERS/「アンドハンド」プロジェクトチーム
1983年福岡県田川郡生まれ。2006年セプテーニ入社。コミュニケーションデザイン領域のプランナー/プロデューサー、ソーシャルメディア戦略コンサルタントなどを経験した後、クリエイティブチーム統括として、運用型広告クリエイティブの最適な制作/運用手法の開発・研究に従事し、セミナーへの登壇・社内表彰での受賞多数。またプライベートでも、2014年よりタイムチケットを通じて、30分でネーミングやコピー制作を行うクリエイターとしても活動し、これまでに約350件の案件を支援。2017年10月よりセプテーニ・ベンチャーズに転籍し、コトバやアイデアを共創する社内ベンチャーの立ち上げにチャレンジ中。

—永井結子(ながい・ゆいこ) 株式会社ロフトワーク/クリエイティブディレクター
グラフィックレコーダー 、イラストレーター
大学在学中、情報デザインについて研究。議論や思考を可視化した際の相互作用に着目し、研究の一貫としてグラフィックレコードを始める。イラストレーションでのプロセス描写とデザインメソッドを用いて、構築化された記録表現を得意とする。 実績:株式会社NTTドコモ・ベンチャーズ様 ワークショップ、株式会社読売広告社 講師・ワークショップ、大手飲料メーカー ワークショップ、TDWD2016 トークイベント、その他企業ワークショップ、イベント参加多数。

ワークショップの成否はメンバーで決まる?

WORK MILL:「&HAND(アンドハンド)」プロジェクトはどういった経緯ではじまったのですか。

タキザワ:僕は広告代理店でワークショップデザイナーとして、さまざまな企業の課題解決の為にワークショップを実践しているのですが、感覚値として「ワークショップの成否は8割は参加者で決まる」という実感があったんです。それで、僕の知人の中で面白い活動をしていたり、いつか一緒にものづくりをしてみたいと思っていた人たちで、「僕の考える最強打線を組んでワークショップで共創」したら、どんな場になり、どんなアウトプットが生まれるのか、実験してみようと思い何人かに声をかけたんです。ちょうど1ヶ月後の2016年7月が〆切で、Google主催の「Android Experiments OBJECT」というコンテストがあったので、賞を獲ることを目的に「ハイレベルメンバーによる共創実験」をおこないました。

加来:確か、メールをもらったのは6月だったと思います。もう、即答でしたね。「面白そうですね! やります!」って。

WORK MILL:メンバー構成はどのように考えたのですか?

タキザワ:普段の仕事では、企業からオリエンを受け、社内でチームを組み、企画やクリエイティブを提案することが多いんです。すると、「自分がつくりたい物を、やりたいメンバーと取り組む」という機会がなかなかありませんでした。企業からの依頼ではなく、「自分たちが心からつくりたい物を本気で形にし、コンテストで評価される」そんな真剣勝負をしてみたいと思いました。
それで、UXデザイナーやアートディレクター、グラフィックレコーダー、エンジニア、アーティストなど、一緒にやってみたいと思った人に声をかけました。何か明確な基準があったわけではなくて、直感でしたね。加来くんにはいちばん最初に声をかけたんですよ。

加来:僕がタキザワさんとやり取りするようになったきっかけが、「Time Ticket(タイムチケット)」という空いた時間を売買できるサービスでした。2014年頃から「それだ!感のあるネーミング考えます。」というチケットを売りはじめたんですが、活動をはじめてから2ヶ月くらいの時、そのチケットをタキザワさんに買っていただき、ともにコトバを考える機会があったんです。

タキザワ:「僕の肩書きを考える」というお題で1時間くらい話したんですけど、まさに真剣勝負な共創の場が生まれ、とても楽しかったんですよね。その時は、「SOLUTION ARCHITECTS」という肩書と「つくりかたからつくる」というステートメントを考えてくれて、とても気に入っています。

加来:ものすごく真剣に「壁打ち」できた結果として、ふたりの中で「これしかないね」という結論にたどり着けたんです。この体験がきっかけとなり、僕自身、クリエイティブとは「無理やりひねり出す」ものではなく、一緒に話していくなかで「自然と湧き出てくるようなもの」であると考えるようになりました。

タキザワ:その時の体験がとっても印象的だったんですよ。それで、まず加来くんに声をかけて。それと、以前からグラフィックレコーディングを、アイディエーションに活用してみたいと思っていたので、永井さんにもすぐに声をかけました。

永井:私は当時、大学生だったんですけど、大学2年生の時から何度かタキザワさんのワークショップでグラレコのお手伝いをさせていただいてたんです。なので、声をかけてもらった時は「すごい社会人の方ばかりだ」と思いながらも、「楽しそう!」ということで、「ぜひお願いします!」と。

シビアな〆切感覚で高まるモチベーション

WORK MILL:2016年6月にチームを結成して、7月の「Android Experiments OBJECT」では「スマート・マタニティマーク」と「Chronoscape(クロノスケープ)」の2作品がグランプリを受賞。2017年3月には、スマート・マタニティマークのアイデアを発展させた「&HAND」が「LINE BOT AWARDS」グランプリを受賞。6月には大日本印刷・東京メトロ・LINEとの提携を発表。そして今回実施した実証実験……この間、わずか1年半ほど。正直、企業の一事業としても、これほどのスピード感で着地させることは難しいと思います。

タキザワ:先程の「ハイレベルメンバーによる共創実験」は、ワークショップをやれるのは3回で、業務後に集まっていたので実施時間も2~3時間しかない状況で、その中で本気で賞を獲りにいくという1分も無駄にできない極限状態で、緊張感ある共創の場が生まれていました。

コンテストの受賞という明確なゴールイメージや〆切があった方が、メンバーのモチベーションが上がるということに、活動をしながら気づきました。僕自身もそうでしたが、全員が本業があるなかでこの活動をしていたので、モチベーションの維持が難しくて。コンテストへの応募や展示会への出展など、ゴールイメージと〆切が明確になると、メンバーも自発的に動くようになり、モチベーションが明らかに上がっていた。このチームに合ったモチベーションのマネージメント方法がわかってからは、理想のチーム状態をキープすることができるようになりました。だからこそ、このスピード感が実現できたんだと思います。

加来:やはり、リーダーであるタキザワさんのコミットメントによるところは大きかったと思いますよ。僕自身はあまりモチベーションの波はありませんでしたね。ある種「いいように利用させてもらってる」というか。本業自体、Web広告の中でもクリエイティブ寄りのことを担当しているので、正直「目立ってなんぼ」というのはあって、自分が積極的に動けば動くぶんだけ、明確なアウトプットになったり、変化が起こったりするので、やりがいも大きかったです。

タキザワ:「面白いモノをつくろう!」というアイデアドリブンではじまったプロジェクトでしたが、活動していく中でプロジェクトの目的や性質、メンバーの状況が変わっていきました。また、PLAYERSは有志の活動なので、本人のモチベーションがなくなれば所属している理由がありません。そこで、メンバーをコアメンバー・サポートメンバー・アドバイザーに分類し、その時のプロジェクトや本人の状態によって関わり方を柔軟に変えたり、いつでも気軽に抜けられるように意識しています。
実際にLINE BOT AWARDSを受賞した後、一旦チームを解散させたんです。プロジェクトの目的が社会実装にかわったので、改めてメンバー一人ひとりに参加の意思を確認しました。また、エンジニアなど不足していたスキルを持った新メンバーを迎えて、再出発しました。

WORK MILL:メンバーを固定するというより、プロジェクトによって都度メンバーは変わっていく、ということなのでしょうか。

タキザワ:結果的にそうなりましたね。&HANDの認知が広がってきたことで、広報担当や映像制作などの情報発信を強化したり、聴覚障害者の方にアドバイザーとしてはいってもらったり……。
最近はビジョンや活動に共感いただいた方から、メンバーに入りたいというお話をもらうことが増えました。基本的には、プロジェクトを通じてチャレンジしたいことがあれば誰でも歓迎です。

僕らは毎週木曜の夜に集まって活動しているんですけど、そこに遊びに来てもらったり、定期開催しているミートアップイベントに参加してもらって、チームの雰囲気を感じてもらったり、直接会話したりしながら、これならチームに合うかなと思ったら、「まずはサポートメンバーとして一緒に活動しませんか?」という感じです。
今は18名くらいになっていて、メンバーによってはまだ会ったことのない人もいるんじゃないかな。

加来:そうですね。ただ、デザイナー、ライター、エンジニア、、、などなど足りないポジションもたくさんあるので常にメンバー募集中です(笑)

WORK MILL:コラボレーションしている企業からすると、「メンバーが変わる」というのはネガティブに捉えられませんか?

タキザワ:基本的に僕が窓口として対応していますし、メンバーが変わるというより、これまで弱かった部分を強化するために必要なスキルを持った人材を加えているので、クライアントからはより信頼をいただいていると思います。

加来:プロジェクトが変われば、コラボレーションする企業もおそらく変わっていくでしょうしね。

「妄想」だった世界が自らの手で現実に

WORK MILL:最近ではさまざまなアイデアソンやハッカソンが行われていますが、なかなか実現まで至らないのも現実です。なぜ&HANDは短期間でここまで成果を挙げられたのでしょうか。

タキザワ:そもそも、このプロジェクト自体「新しい価値を世の中に届ける」というゴールをイメージしてメンバーを集めました。そのなかで、&HANDに関しては課題設定とビジョンによるところが大きかったのかなと思います。

永井:本来なら、プロダクトを作らなくても済むはずなんですよね。「席、替わりましょうか」と声をかければいいので。でも、今まで誰もやっていなかったことだからこそ、プロダクトを作ることで「手助けしたい」という思いが可視化されて、いろんな人を巻き込むことになるのがいいんだろうな、と思っていて。

タキザワ:理想は、「このサービスがなくても手助けし合える世の中になること」ですからね。「やさしさから やさしさが生まれる社会」というビジョン、「誰もがいつでも助けを求められる 誰もがすぐに手助けできる社会の実現」というミッションは、多くの人に自分ゴトとして捉えていただいたんだと思います。実際、プロジェクトやビジョンへの共感の輪がどんどん広がっているのを感じます。

WORK MILL:ご自身たちの想定以上の反響が得られているんですね。

タキザワ:もちろん、本職は広告なので、意図的に狙っていたことではありますが、反響は想定していた以上でした。

加来:そもそも、取り上げている課題自体、結構ナイーブなものだと思うんです。だからこそ、「べき論」というより「やっぱり、そっちのほうがいいよね」くらいのあまり押し付けにならないような温度感で入っていけるようなビジョンがいいのかな、と考えていました。一人ひとりの行動につながる余地があるもの、「手と手」という温もりが伝わるもの、「〇〇&HAND」などと展開できるもの……とアイデアを膨らませていき、困っている人に手(ハンド)を差し伸べ、取り合った手と手から安堵(アンド)が広がっていく。そんな世界を実現したいという想いから「&HAND / アンドハンド」と名付けました。

タキザワ:&HANDのビジョンやネーミングに込めた想いが伝わることで、プロジェクトは周囲を巻き込みながら、ものすごいスピードで前進していったんです。フィールドワークして、ユーザーヒアリングして、プロトタイプして、試してみてすぐ改善して……。

WORK MILL:まさにプロトタイピングで、かつタイトに行うんですね。

タキザワ:常に時間が足りないギリギリの状態でしたけどね(笑)

永井:時間が限られているなかで、タスクの洗い出しとその配分、現状共有と問題のフォローがスピーディに行われるんですよね。チーム内だけでなく、不思議と外部の協力者もその速度に感化されていったからこそ、プロジェクトとしては大きなものになっても、スピード感を保つことができたのかな、と思います。

タキザワ:銀座線の実証実験では今まで頭の中で想像していたことが現実となりました。実際に妊婦さんが乗車して「席に座りたい」とLINEでメッセージすると、3人くらいのサポーターさんが一斉に「譲ります」の意思を示してくれたんです。その瞬間、車両内がやさしさ溢れる空間になっていて……改めて、自発的に手助けし合っている風景に感動しました。この1年半は、どんなに考え抜いてもすべては妄想に過ぎなかったので(笑)

加来:感動しますね。

タキザワ:なんか、勇気もらったというか、1年半やってきて間違ってなかったんだな、と確信できて。とにかく今は、この&HANDを「2020年までにインフラ化させる」というのがミッションなので、この活動に賛同してくれるサポーターや企業を増やしていきたいですね。


前編はここまで。後編では、&HANDプロジェクトを経て、本業や働き方にはどんな影響があったのか。個人の活動が広げるキャリアの可能性について考えます。

2018年2月6日更新
取材月:2017年12月

テキスト: 大矢 幸世
写真:岩本 良介
イラスト:野中 聡紀