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企業と個人の関係性は変わる ― SNS時代を生き抜く「最強の個人」になるためには

電車で立っているのがつらい妊婦さんと席を譲る意思のある乗客とを「LINE」でマッチングし、席譲りを後押しするサービス「&HAND / アンドハンド」。そのアイデアを考案し、実証実験に漕ぎ着けたのは、一般社団法人PLAYERSのプロジェクトチームです。プロジェクトに携わるのは、デザイナーやプランナー、エンジニアなど、それぞれ本業を持った人びと。あくまで個人の活動としてスタートしたプロジェクトが、わずか1年半という短期間で、企業とのコラボレーションが実現させています。前編では、&HANDプロジェクトのチームリーダーを務めるタキザワケイタさんと、メンバーの加来幸樹さん、永井結子さんに、プロジェクト発足の経緯と背景、目指すビジョンについて伺いました。後編では、&HANDプロジェクトを経て、本業や働き方にはどんな影響があったのか。個人の活動が広げるキャリアの可能性について考えます。 

—タキザワケイタ クリエイティブファシリテーター・ワークショップデザイナー
一般社団法人PLAYERS 主宰/「アンドハンド」プロジェクトチーム、LEGO® SERIOUS PLAY® 認定ファシリテーター、青山学院大学 ワークショップデザイナー育成プログラム講師
新規事業・商品開発・ブランディング・人材育成・組織開発など、企業や社会が抱えるさまざまな課題の解決に向け、ワークショップを実践している。タキザワケイタ PORTFOLIO https://keitatakizawa.themedia.jp

—加来幸樹(かく・こうき) 株式会社セプテーニ・ベンチャーズ クリエイティブファシリテーション事業 /事業責任者
一般社団法人PLAYERS/「アンドハンド」プロジェクトチーム
1983年福岡県田川郡生まれ。2006年セプテーニ入社。コミュニケーションデザイン領域のプランナー/プロデューサー、ソーシャルメディア戦略コンサルタントなどを経験した後、クリエイティブチーム統括として、運用型広告クリエイティブの最適な制作/運用手法の開発・研究に従事し、セミナーへの登壇・社内表彰での受賞多数。またプライベートでも、2014年よりタイムチケットを通じて、30分でネーミングやコピー制作を行うクリエイターとしても活動し、これまでに約350件の案件を支援。2017年10月よりセプテーニ・ベンチャーズに転籍し、コトバやアイデアを共創する社内ベンチャーの立ち上げにチャレンジ中。

—永井結子(ながい・ゆいこ)  株式会社ロフトワーク/クリエイティブディレクター
グラフィックレコーダー 、イラストレーター
大学在学中、情報デザインについて研究。議論や思考を可視化した際の相互作用に着目し、研究の一貫としてグラフィックレコードを始める。イラストレーションでのプロセス描写とデザインメソッドを用いて、構築化された記録表現を得意とする。 実績:株式会社NTTドコモ・ベンチャーズ様 ワークショップ、株式会社読売広告社 講師・ワークショップ、大手飲料メーカー ワークショップ、TDWD2016 トークイベント、その他企業ワークショップ、イベント参加多数。

新しい価値を生み出すのは、「ワクワクしながら問題に立ち向かう」個人

WORK MILL:2017年11月に&HANDプロジェクトを運営する母体として、一般社団法人PLAYERSを設立したきっかけは?

タキザワ:もともと&HANDはチーム名でもあったんですけど、大日本印刷や東京メトロ、LINEと提携するにあたって、法人格を取得することになりました。

加来:「多様なプロフェッショナルからなるコ・クリエーションチーム」というコンセプトで、「一緒になってワクワクし、世の中の問題に立ち向かう」ことをミッションにしています。というのも、僕らが&HANDのコンセプトにたどり着いたのはたまたまで、アワードで評価されてはじめて「これなら、みんなに共感してもらえる」と確信できた。その根底にあるのは、「ひとりの選手(プレイヤー)」として、世の中にある課題の最前線に立って、武者震いしながら立ち向かっていくような「ワクワク感」なんです。

タキザワ:よく、「なんで個人でこんな活動をやっているんですか?」と聞かれるんですけど、いつもうまく答えられなくて… 単純に「やりたいからやっている」っていう(笑)。「PLAYERS」という名前には、そういった意味も込められています。

出典:一般社団法人 PLAYERS メンバーページ

加来:もちろん、この活動に参加している動機はそれぞれ違うと思いますが、僕の場合は「自由に生きたい」、ただそれだけなんです。でもきっと、そういった個人的な信念や価値観が、ビジネスの現場でイノベーションのスピードを早めるためにも実は重要で、だからこそ、個人と企業が結びついて、個人の活動が企業にとっても価値あるものになっていくと思うんです。でも、実際のところ「本業がネット広告屋なのに、プロダクト作るのはおかしい」とか、「お金をもらわずにアイデアを考えるなんて…」と言われることもよくあります。(笑)

WORK MILL:確かに、それを職業としている人にとっては、「商売上がったりだ」と。

タキザワ:個人としてのミッションやコミットメント、課題意識がなければ、新しい価値の創造やイノベーションは起こせないだろうし、実現にまで至らないと思うんですよ。

加来:すぐに「労働力がAI(人工知能)に置き換わる」わけではないかもしれませんが、少なくとも「自分の価値を高める」ことを意識しないと、これからの時代は厳しいんじゃないかと思います。よく「ギブ&テイク」と言いますけど、自分の実感として、積極的にギブしていかないと、何も得られないと思うんです。
&HANDで「やさしさからやさしさが生まれる社会へ」というビジョンを掲げているのは、そういった思いとつながっています。心に余裕を持って、「困っている人がいたら何かしてあげる」ということが、結果自分の価値を高めることに繋がるような気がします。

「自分にしかできない」ままでは、周りの成長を阻害する

WORK MILL:プロジェクトを始めたことで、本業に何か影響はありましたか。

タキザワ:僕の場合、&HANDやPLAYERSの活動をきっかけに企業から新しい相談をいただき、本業のほうでお受けするといったことが増えています。自分がやりたいことをやっていた個人的な活動が、本業にも良い影響を与えており、とても理想的な働き方が実現できています。仕事の依頼も、僕を信頼した上で相談してくれているので、組織の枠を越えたひとつのチームとして、新しいことにチャレンジできることも、ありがたいですね。

加来:僕もそういうところはありますね。PR的な意味でも本業における自分にバリューをもたらせているというか、今までは携わる機会が少なかった仕事を会社でも任されるようになってきました。

WORK MILL:上司の反応はいかがですか。

タキザワ:僕らの社会課題に対する活動は、とても評価していただき、会社としても応援してくれています。

WORK MILL:まさに、理想的な流れですね。ただ、これまでフルコミットで行ってきた会社の活動に、個人の活動がプラスされるということで、タスク管理が難しい部分もあるかと思います。限られた時間の中で、両立するために重要なことはなんでしょうか。

加来:1日は24時間しかないわけですから、その限られた時間の中で何に対してどれだけ働くか、自分で選択するしかないんです。言い換えれば、生産性を上げるということは、「自分が時間あたりでより高い価値を発揮できる仕事を選んでやっていく」ことですから、どうしても抱えきれない仕事が出てくるんです。

僕自身、新卒でセプテーニに入社し、クリエイティブ部門の中でも立ち上げ時期からやってきたということもあって、「ラストマン」的なポジションを担ってきたと自負していました。一方、そのせいで自分の仕事を誰かに受け渡すことができず、業務が属人的になってしまっているという悩みもありました。でも、このような外部でのプロジェクトも始めてみて、自分の仕事を選択せざるを得なくなったことで、僕の仕事を自分の周りの人たちがやるようになって、彼らが成長してくれたんですよね。

こういう言い方はちょっと無責任かもしれないですが、僕は「自分にしかできない」と決めつけて、仕事を抱えこんで、若者の成長を阻害していたのかもしれない、と気付くきっかけになりました。そういう意味では、実は「両立する難しさ」は、あるようでないのかもしれません。もちろん、「本当に価値の高いことは何か」というのを、自分×所属する組織の尺度とバランスで見極めなければならない難しさはありますけどね。

タキザワ:&HANDのプロジェクトをはじめてみると、現実的には「10のやりたいことのうち2くらい」しかやれないんですよ。なので、何をやって何をあきらめるのか、めちゃくちゃ考える。毎週木曜日の定例ミーティングでも、ものすごく集中力が高くて、「今日はここまでは決める」ということをメンバー全員が意識しています。限られているからこその取捨選択と効率化、それがスピード感にもつながったのかもしれないですね。

WORK MILL:でもそれはとても本質的というか、「そもそも10やる必要はあったのか」という問いにつながりますね。

タキザワ:逆説的ではありますよね。

加来:実はまだまだ、生産性は上げられる余地はあるんだな、と気づきましたね。

「やりたいからやる」ことで起こる大きな変化

WORK MILL:ちょっとイジワルな質問かもしれませんが、「最強チーム」だからこそ生産性を上げられたのでは?

タキザワ:確かに、そういう仮説からはじまったプロジェクトではありますけど……永井さんはどう思う? 「オトナの集団」に、大学生ひとりで放り込まれたわけだけど(笑)

永井:参加したときはグラフィックレコーダーは私しかいなかったので、「いちメンバー」として扱ってもらえたことが、大学生の私にとっては励みになりました。就職活動でもいろんな会社を見ましたけど、「あっ、こういう大人もいるんだな!」というか、すごい人たちに対等に扱ってもらえた経験は自信になりました。学生扱いせず、「これお願い!」とどんどん任せてもらえて、フィードバックがもらえるので、それに対して必死に応えることで、成長できたというか。

タキザワ:年齢や性別はまったく意識していなかったですね。スキルを持ったひとりの「仲間」として扱う、という。

加来:「参加することで新しいことを覚えられる」というのはありますよね。僕もプロジェクトに参加して、タキザワさんのファシリテーションを見よう見まねで覚えて、本業のほうでもクライアントとのワークショップで使っていますから。タキザワさんに「最強のメンバー」と言ってもらえるのは、確かにありがたいことですけど、自分の中ではまだまだ、という意識はありますし、あくまで相対的な尺度でしかないので。でも、少なくとも「お互いの領域ごとにリスペクトし合っている」というのは前提としてあると思います。

WORK MILL:それぞれの専門知識を持ち寄って、共創することで生産性も上がっていく、ということですね。

タキザワ:いや、たとえ専門的なスキルがなくても、「やりたいことがあれば、まずは一緒にやってみよう!」ということだと思うんです。実際にやってみることで、そこから広がっていくものがあるはず。ありふれた言い方だけど。コピーライター的にはどう言い換えられる?(笑)

加来:いや、でも「やってみよう!」というのは、間違いないですよ。僕自身、ずっと広告の仕事はしてましたけど、4年前にタイムチケットをはじめたとき、「コピーライターを名乗って、ネーミングをはじめる」なんて、とんでもないことだったんです。最初は「30分500円」ではじめて、タキザワさんと会ったときは1000円、今は「30分10000円」で自分の時間を売っている。そこで積み上げていく中で芽生えてきた自覚や覚悟、培ってきた経験値や方法論は、何にも代えがたいんです。「何かに習熟して、一流になるためには10000時間必要」と言われますけど、そこまでいかなくても、「何かをはじめている人」と、「まったく何もはじめていない人」との差は大きいと思うんですよね。

タキザワ:今はSNSがあるので、とりあえず「やりたいことを投稿してみる」といいと思うんです。意外とすぐに共感してくれる仲間が見つかるかもしれないし、そうすれば次のアクションを起こしやすくなる。僕もそうやって、何か面白いことを思いついたらすぐFacebookに投稿します。そこから新しいプロジェクトがたくさん生まれています。

永井:私も就活でちょっとお休みをいただいていたんですけど、落ち着いたタイミングでタキザワさんからメッセージをいただいて。「今、プロジェクトはこういう感じなんだけど、何かチャレンジしたいことはある?」と聞いてもらえて、「イラストを描きたいんです」とお話したら、実際にそういう機会をいただいたんですよね。

タキザワ:やっぱり、PLAYERSがみんなの「やりたい!」という思いを叶えられる場になってほしいというのはありますね。

WORK MILL:これから、個人と企業との関係性はどういうふうに変わっていくのでしょうか。

加来:この3年くらいずっと言い続けて、ようやく「オオカミ少年」じゃなくなってきたんですけど、やっぱりこれからはどんなに有名な企業で働く人も、個人として能力を高めていく必要があると思うんです。それは僕自身、2006年に社会人生活をスタートして、それなりにがんばってきたつもりではいたんですけど、2014年にタイムチケットをはじめてから大きな変化がありました。キー局のテレビに取材してもらったり、著名人と会えたり……「個人の活動でここまでできるんだ」という実感があったんです。

「〇〇で働いているからOK」じゃなくて、その中でも「〇〇さんにお願いしたい」と指名されるようにならないと面白い仕事なんてできない世の中になっていくだろうし、一方で、企業としても、優秀な個人が「所属したいと思える価値」を作っていかなくてはいけません。いつまでもネームバリューに頼るようでは、先が見えないと思うんです。誤解を恐れずに言えば、個人と企業がそれぞれお互いのことを「正しく利用し合っている」状態。そこには、従属関係ではない、対等な関係性があります。

タキザワ:僕もそう思いますね。「やってみたい!」という思いつきではじまった&HANDプロジェクトだけど、自分自身の成長にもつながっているし、結果も出し続けることができた。そういった個人的な活動を会社が評価してくれるような社会に、少しずつ変わってきていることを実感しています。
本業と個人の活動を掛け合わせた先に、「本業」や「複業」といった枠組みに捉われない「自分だけの働き方」があると考えています。
まずは、自分の心の中にある「やってみたい!」を宣言してみたら良いと思いますよ。

編集部コメント

アイデアから実証実験まで1年半というスピードで動いている&HANDプロジェクト。時間がないと諦めるのではなく、短時間でしっかりと集中して成果(実証実験まで持っていく)を出していく。「面白い」という思いが根底にあるからできることなのだろうな、と実感しました。「やりたいことのために会社を辞めて起業する」という働き方もありますが、会社を辞めなくても「やりたい」を実践することで可能性が広がり、本業へ繋がっていくというのは新鮮で、形になっている実例を見て「こんな実現の方法もあるのか」改めて思いました。個々のモチベーションのコントロールは難しそうでもありますが、このような方法が自身が目指したい未来実現に向けた、新たな実現方法の一つに今後なっていくのかな、と思います。(谷口)

2018年2月13日更新
取材月:2017年12月

テキスト: 大矢 幸世
写真:岩本 良介
イラスト:野中 聡紀