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プロジェクトで引き出される当事者意識 ― 創発の場づくりが人を変える

国内拠点のほか海外8カ国12都市に拠点を持つ化学メーカー・日華化学株式会社は、創業75周年を契機に、本社所在地の福井に「NICCAイノベーションセンター(以下、NIC)」を開設することにしました。その背景やプロジェクトの発足経緯について迫った前編。

 

後編では、ワークショップのプロセスについて関係者に伺いながら、それがどのようにNICの空間設計に落とし込まれたのか、深掘りしていきます。

 

・記事前編_地方発・世界を巻き込むイノベーションをー「いきいきと働ける共創の場」が社員の働き方を変える

 

リアルタイムにアイデアが反映される基本設計

 

共創パートナーとして、NICの設計を担うことになったのは、建築家の小堀哲夫さん率いる小堀哲夫建築設計事務所。代表作の一つである「ROKI Global Innovation Center – ROGIC -」(2013年竣工)は2017年の「日本建築大賞(作品)」「日本建築学会賞」を日本で初めて同年ダブル受賞しました。小堀さんは当初、ワークショップに継続して参加する予定はありませんでした。ワークショップで集約された意見を受け取り、現実的なものを設計に反映すれば、十分にその役割は果たされていたのです。けれども、実際にワークショップに参加して、日華化学社員たちの真剣さ、そして多角的なアプローチで社員たちの「やる気に火をつける」同志社女子大学の上田信行特任教授をはじめ、プロジェクトにかけるメンバーたちの「熱」に積極的に巻き込まれるような形で、全回を通してワークショップに参加することとなったのです。

 

「ワークショップや設計過程であらゆる分野の方が集まって、新しいアイデアや異質な意見が飛び交い、毎回大きな刺激を受けました。皆さんの高い目標や高揚感が、常に私たちの設計の推進力となったのです。ワークショップで生まれたアイデアやイメージの中から、ダイヤモンドの原石を見つけだし、磨きあげることが私たちの役割だと思いましたし、このプロジェクトそのものが、NICで行われる創造的なイノベーション活動を体現したものだと感じました」(建築家・小堀さん)

 

2014年7月から始まったワークショップは、以下のようなプロセスで進められました。

 

1.観察する(Research)
従来のオフィスや研究所、働き方を見つめなおし、いいところや改善すべきところを洗い出して共有。

 

2.意識を変える(Mindset)
自分たちの仕事を「寸劇」で表現。相互に他部署への理解を深めるとともに、「魅せる」「楽しませる」という顧客視点を意識。そのうえで「NICで実現したい新しい働き方」を議論しあい、マインドセットを促進。

 

3.視覚化する(Visualization)
新しい働き方やビジネスのアイデアを、グラフィカルレコーディングによって共有し、「視覚化によって相手に伝わる」効果を体感。

 

4.発想する(Ideation)
「魅せる」「働き方」「議論する」「交流する」「リラックスする」「迎え入れる」「情報活用」の7つのテーマを設定し、チーム分け。それぞれ100のアイデア出しにチャレンジし、“The Spirit of Yet” まだまだ自分はやれるというあきらめないマインドセットに転換。

 

5.提案する(Presentation)
1~4を通じて生まれたアイデアの中からNICに活かすものを建築家・小堀さんにプレゼンテーション。

 

6.考案する(Input & TKF)
イノベーションの基本的なプロセス「つくって(T)、かたって(K)、ふりかえる(F)」という「TKFモデル」を、世界のワークプレイスを事例に体感。「NICで実現したい新しい働き方」をさらに具現化。

 

7.カタチにする(Prototyping)
「NICで実現したい新しい働き方」をより実践に近づけるため、プロトタイプの制作・発表・フィードバックを繰り返し、スピーディな実践を会得。

 

ワークショップのファシリテーションはハイライフ研究所の杉本さんほか、読売広告社のR&D局が担当。共創パートナーの上田教授や小堀さんだけでなく、演出家やグラフィカルレコーダー、WORK MILLの神山(オフィスデザイナー)など、各分野の専門家が関わりました。ワークショップが目的としていたのは、プロジェクトメンバーが考え、体験し、語り合う中で、「NICは私たちが作る」という当事者意識を引き出すことでした。そして、メンバーをチーム分けし、「議論する」「交流する」などそれぞれ深く検討したアイデアは、随時、小堀さんらによって基本設計案に反映されました。パース(立体設計図)は実に6回以上もドラスティックに変更されたといいます。そうやって、自分たちのアイデアがすぐにカタチになることで、さらに「自分ゴト化」が促進されたのです。

 

「当社は、傍目から見れば代々続くオーナー企業かもしれません。けれども、実際にはワークショップに社長が参加しても、まったく気にせずに自分の意見を言うことができる。女性社員なんかは特にね(笑)。『イノベーションを生む施設を作りたい』という強い思いは社長にあったけれど、実際にどんな場を作るか。どんな場所で働きたいか、というのは、社員の意見が重要なんです。ワークショップをやりながら、変化し続ける設計案を見て、社員たちも『自分の思いが反映された』と実感できているんです」(日華化学・吉田さん)

 人、モノ、仕事が行き交う「バザール」

ワークショップの中ではさまざまなアイデアが生まれ、具現化されました。書籍や映像などがアーカイブされ、レゴブロックなどのツールも用意し、仕事の合間にリラックスしながら、新たなアイデアに結びつくような「カフェライブラリー」。もともとオフィスにあった白テーブルを拡張し、社内外の人びとが交流しあい、自由な発想のもとにさまざまに活用されるような「白テーブル空間」。社員全員が自由に書き込めるほど大きな「どこでもホワイトボード」と、自由自在に席替えができるような特注の「イノベーションデスク」を配置した「チームオフィススペース」……。全体的に開かれた空間ながら、一方で集中できるような「こもり部屋」も設置。

 

「もちろん、ワイガヤで生まれるアイデアもあるけど、あっと驚くような発明は、一人でじっくりと考え、研究したものを持ち寄るからこそ生まれるもの。そのバランスを取ることが大切なんです」(日華化学・吉田さん)

 

ーワークショップから生まれた様々なアイデア

 

そして特筆すべきは、ワークショップ初期から挙がっていた「バザール」というキーワード。

 

「多様な背景を持つ人びとが集まり、さまざまなアイデアを持ち寄って、自由に発想が行き交うようなバザールは、いわば室町時代における『会所』であり、セレンディピティ(偶然の出会いで、幸運を掴み取る能力)が磨かれる場。そこを訪れたお客様が、日華化学の幅広い研究領域を知ることで、今まで思いもしなかったことがあることに気づき、その場でいろいろ試すことで、リアルタイムな製品開発が可能となります。」(同志社女子大学・上田教授)

 

それは、「バザールのように渾然一体となった空間」。そこに、曇りがちな福井の天候でも心地よく過ごせるような「光の降りそそぐサンルーム」というアイデアがかけ合わさり、小堀さんによって設計に落とし込まれました。コンセプトは、「イスタンブールのグランバザールのような都市空間」。4階から2階までが一気に見通せ、天窓から光が差し込みます。格子状に組まれた木材は、繊維の縦糸横糸をイメージ。人、モノ、仕事が交差し、特別なワクワクする雰囲気を生みだしているのです。

イノベーションセンターで生まれる化学反応

2017年11月、ついにオープンを迎えるNICですが、吉田さんは「ここからがスタート」と繰り返します。

 

「ワークショップではうまくいったかもしれないけど、人間って変われそうで、なかなか変われない。これから実際にNICで働くことで、上田教授がおっしゃるように、『こんな環境で働いてる自分って、なんかイケてるんじゃないの?』って(笑)。環境が変わることで刺激を受け、さらに『変わり続けよう』と意識することで、ようやく働き方も変わってくるんじゃないかと思います」(日華化学・吉田さん)

 

 

現在は早くもNICオープン後の運営を考えるチームが始動。これまで社内向けに行っていた『日華カレッジ』という講演会をオープンイベントとして行うほか、近隣の福井大学と包括的連携協定を締結。ジョイント・ラボの活動を促進していこうとしています。

 

「僕も40数年間社会人をやってきたけど、こんな大きな建築に携わるなんて初めて。おそらくこういう取り組みをする会社も、そうそうあるわけではない。いろんな調整も必要だし、苦しいこともあるけど、どうしてこんなに楽しくやれているんだろう、と。それはひとえに、杉本さん、上田教授、小堀さん……そして、サポートしてくれる建築会社さん、岡村製作所さん……みんなが一緒になって、チームワークで、『これ面白そうだけど、こうしたらもっと面白くなるよね』『こうしたほうがもっといいんじゃないか』と熱中して取り組んでくれる。そういう様子を見ていると、僕らも触発されて、刺激になって、いろんなアイデアが生まれてくる。そう、お互いが『界面活性剤』みたいになって、化学反応を起こしているの(笑)。『こうすれば必ずイノベーションが生まれる』みたいな定型的な方法はないけれど、少なくともお互いに持ち寄ったアイデアを掛け合わせて、思いも寄らなかったものが生まれて行くのは、ものすごく楽しい。5年後、10年後に『やっぱりあの時挑戦したおかげで、イノベーションが生まれたね』となって欲しいし、そのためにも化学反応を起こし続けていきたいと思います」(日華化学・吉田さん)

 

これからNICが「場としての界面活性剤」になって、どんなイノベーションが生み出されていくのか……。北陸・福井で新たに始まる創発の場に注目していきたいところです。

編集部コメント

ワークショップに参加するだけでは、なかなか当事者意識は芽生えないもの。
考え、体験し、語り合ったことがうまく吸い取られて、「すぐに」形となって、可視化される。こういった大きなプロジェクトでは、簡単そうでなかなか難しいことではないかと思います。単なるトップダウンではなく、社員のみなさんの意見もしっかり反映されたプロセスはオープン後の「自分ゴト化」にも大きく影響するのだろうと。
箱だけをいきなり与えるのではなく、働き方も一緒に考えて出来上がったイノベーションセンター。
今後、どんなイノベーションが生み出されていくのかとても楽しみです。(谷口

 

2017年10月31日更新
取材月:2017年9月

 

テキスト:大矢 幸世
写真:出地 瑠以
   ※メインビジュアル以外の建築写真は清水建設株式会社提供
イラスト:野中 聡紀

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