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「ワコールスタディホール京都」が目指す、学びと気づきが人を動かす場づくり

「美的好奇心をあそぶ、みらいの学び場」 ― これは昨年にオープンした、ワコールスタディホール京都のキャッチコピーです。創業してから70余年、これまで「女性の美しさ」を“ものづくり”の側面から支え、引き上げ続けてきたワコールが、なぜ今リアルな“場づくり”に注力しているのでしょうか。
前編では、館長・プロデューサーである鳥屋尾優子さんに、スタディホールの設立背景や、ハード面・ソフト面における“美しい場づくり”の考え方について、お話を伺いました。後編では、スタディホールの土台となっている“美”という概念や、今後スタディホールという場から生まれる可能性について、さらに深くお話を掘り下げていきます。

 

・記事前編_ワコールが「場づくり」を手がける必然性 ― 「ワコールスタディホール京都」

 

「美しさ」って、なんでしょうか?

WORK MILL:「ワコールスタディホール京都」(以下、スタディホール)がアプローチしようとしている“美”とは、具体的にどんな概念なのでしょうか?

 

—鳥屋尾優子(とやお・ゆうこ)株式会社ワコール 広報・宣伝部 ワコールスタディホール京都企画・運営課 課長
株式会社ワコール入社後、経理・財務部門に配属。広報部門に異動してからは、ワコールの社外向けPR誌や社内報の編集に携わる。その後、マスコミ対応、PR・宣伝企画部門の課長を経て、「ワコールスタディホール京都」の立ち上げに参画。2016年より現職。

 

鳥屋尾:それは、オープン前からスタッフみんなで、ずっと考え続けてきたことですね。弊社としては「美の多様性」を尊重していますが、それは個々がそれぞれに思う「美」の集積あってのこと。だからこそ、「みんな、美ってどう思う?」という問いかけは、ずっと続けてきました。
2016年の4月に立ち上げメンバー5人が揃った課ができて、その時点で10月オープンということが決まっていたので、本当に時間がなかったんですよ。ただ、「美」に対する理解や姿勢さえ合っていれば、その後で大きく方向性がブレることはないと思って、最初の1ヶ月半くらいかけて「美」について議論をしましたね。

 

WORK MILL:その議論では、どんな結論に?

 

鳥屋尾:「美は『これ!』と定義できるものではなく、多様なものだよね」って、なんだかはぐらかしているようですけど(笑)。ただ、この議論を通して確かに「みんなの中に“ワコールらしい美しさ”が浸透しているんだなぁ」と感じられたんですよね。ワコールのトーンとして、なんとなくお互いに共有できていて。

 

WORK MILL:トーン、ですか。

 

鳥屋尾:このスタディホールにも、ワコールらしいトーンが宿っていると思います。それは雰囲気であったり、姿勢であったりする。だから、言葉で表現するのは難しいんですよね。私は、美とは、自身の心のあり様を映し出す鏡だと思います。“美”は心の持ちようによって変容する。だからこそ魅力なんだと思います。

 

WORK MILL:そうですね。

 

鳥屋尾:私たちは「ある一定の“美”を広めたい」なんてことは、まったく思っていなくて。ここに来てくれた方々が、今まで素通りしていた日常の中にある美しさに、気づけるようになってくれたらいいなと。そんなきっかけが、講座でつくりたいと考えています。
日常の美しさにたくさん気づけるようになったら、その人の人生はとても豊かになるはず。そしたら、今度はその人が周りの誰かにいい影響を与えて、豊かさが少しずつ広がっていくと思うんです。

 

WORK MILL:それが、社会への寄与につながる……ということでしょうか。

 

鳥屋尾:社会って、始めは必ずひとりの行動から変わるんですよね。だから、誰かひとりの心境や価値観が、少しでもいい方向に変わっていくことは、社会への寄与につながるんだと感じています。
そういった長い目でのビジョンは持ちつつも、今は現場と真摯に向き合っていたいです。シンプルに利用してくれた人たちが、「日常でこんなことを気づけるようになった!」と、何かしらポジティブな変化を感じてくだされば、それほど嬉しいことはありません。私は、学びたいと思う気持ちや、実際に学んでいる姿って、それ自体がすごく美しいなと思うんです。

 

WORK MILL:美しさ、奥が深いですね。

 

鳥屋尾:ただ、「美しくないといけない」なんてことはまったく思っていなくて。だって、そんな“美しさ”を強要される世の中なんて、しんどいじゃないですか。誰にだって、だらっとしていたい時はありますよね?

 

WORK MILL:あります(笑)

 

鳥屋尾:大切なのは「美しくなりたい」と思った人への選択肢が、常に開かれていること。多様な“美”に対するスタンスが、それぞれに許容されることだと考えています。

 

“働きやすさ”という言葉、問いの立て方を疑う

WORK MILL:『WORK MILL』は、媒体として「“はたらく“を“見る”」というテーマを持っています。「働く場づくり」を考えた時に、美しい働き方、働きやすい職場って、どんな環境だと思われますか?

 

鳥屋尾:働き方にはもちろん関心はあります。私自身、働きながら子育てするのは上手に時間のやり繰りを考え、いかに最短で成果をあげるか、自分がいなくてもうまく家事がまわる仕組み作りをする、などさまざまな工夫をしてきました。

 

WORK MILL:なるほど。

 

鳥屋尾:もし私が自分のチームで「働きやすい職場」を目指す行動を取るとしたら、最初の問いを「いろんな働き方を受け入れた上で、“成果の上がりやすい職場”にするには、どうしたらいいか?」と設定します。

 

WORK MILL:成果の上がりやすい職場を目指すことが、結果的に社員の「働きやすさ」につながる、ということですね。

 

鳥屋尾:そうですね。仕事の効率が上がることで、自由時間が増えるわけですから。そして、それは同時に会社の利益にもなります。考え方、意識の持ち方を少し変えることで、社内で使われる言葉も変わり、言葉が変われば行動も大きく変わり得ると思います。

 

WORK MILL:そういった「考え方や意識の持ち方を、目的に最適化させるためのトレーニング」は、スタディホールが用意されている講座を通して、できるような気がします。

 

鳥屋尾:そうだと嬉しいですね。私たちは、講座での学びを自分の生活に取り入れることで、その方の人生が少しでも豊かになることを目指していて。強く意識しているわけではありませんが、その学びがお仕事の場でも生きる可能性は、十分にあるはず。
スタディホールでは、ビジネススキルをあげるに直結する講座はまだ開催していませんが、今準備をしているところです。今後は新しいビジネスやプロジェクトにつながるような講座も、用意できたらいいなと考えています。

 

場の力 ― 違いを認め合う対話、そこから生まれる創造性

ーライブラリー・コワーキングスペースの選書を担当したブックディレクター幅 允孝(はば・よしたか)氏の講座風景

WORK MILL:ブラジャーの普及を筆頭に、ワコールはこれまで、既存の価値観を変えて人々の“美”を解放してきた会社だと認識しています。コーポレートサイトにあった「まだ見ぬ美へのアプローチ。」という記事も印象的でした。鳥屋尾さんご自身は、現代社会において、どんなところに「まだ見ぬ美」が眠っていると思われますか?

 

鳥屋尾:難しい問いですね。それは……やっぱり、「人」、「コミュニケーション」だと思っています。今回スタディホールの立ち上げに際しても、色んな方々に助けていただけて。そこであらためて「人との出会いは、自分の人生を豊かにしてくれるな」と感じたんです。人との対話から学べることは、本当にたくさんありますね。

 

WORK MILL:たとえば、どのような学びでしょうか?

 

鳥屋尾:自分とは違う意見、考え方に触れられることが、学びにあふれていますよね。違いは違いとして認め合って、さらに対話を深めていく。それが「まだ見ぬ美」を見出すヒントになる気がしています。
“対話”って、学びにとってものすごく重要だと思っています。これはスタディホールで開催した“クリエイティブな学びの空間”をテーマにしたワークショップで私が同志社女子大学の上田先生から学んだことですが、「“体験”は、誰にも言わずに放っておくと、蒸発してしまう。誰かに話しながら振り返ることで、学びを見出せる“経験”になる」と。だからここでは、お互いの考えを開示したり、気づきや感想をシェアしたりする“対話”の時間を、大事にしているんです。

 

WORK MILL:スタディホールは講座に限らず、コワーキングスペースなどの空間のつくりを見るにつけ、対話が生まれやすい空間になっているように感じます。

 

鳥屋尾:ありがたいことに、ここに来られる方は、本当に対話がお上手だなと感じています。「人の意見を否定せず、まずは一旦は受け入れる」という姿勢を大事にされている方が多くて。そういう雰囲気のある場は、すごく盛り上がります。
否定されないから、誰もが意見を言いやすい。出された意見に対して「私はこう思っていて、かけ合わせるとよさそうだね」とリアクションが重なって、アイデアがどんどん膨らんでいく ― こういう創造性って、決してひとりでは生まれないものです。

 

WORK MILL:それこそ、人々が集まる場の力ですね。そして、人々が継続的に集まる場には、やがてコミュニティが生まれてくると思います。スタディホールとして、今後どんなコミュニティが育っていってほしいと考えられていますか?

 

鳥屋尾:スタディホールに来てくださった方が、ここで得た学びや気づきをきっかけに「やりたい」と思うことを見つけられた時、それがちゃんとプロジェクト化されて走り出していく ― そんなコミュニティになったら面白いなと考えています。

 

WORK MILL:学びが行動に変わる……先ほどおっしゃった、社会が動く始めの一歩ですね。

 

鳥屋尾:「こんなことをやりたい」と言いやすいコミュニティがあると、ひとりじゃなかなか動き出せないことも「じゃあ、みんなやろう!」と、実働につながりやすくなると思います。そういう動きが生まれて、ある日「発表の場としてスタディホールを使いたい」なんて相談してくださったら、とても嬉しいなって。

 

WORK MILL:それは素敵ですね。

 

鳥屋尾:スタディホールの強みは、多角的にたくさんのインプットできる場と、アウトプットできる場が、両方とも揃っていることだとも思っています。ライブラリーやスクールを通じて、質の高い学びや気づきを得られる。そして、同じ空間の中で、それらを生かした作品づくりや発表ができる。何かモノをつくったら、ギャラリーに展示して一般公開することも可能です。
今はまだ、スタディホールで行われていることはインプットがメインです。今後はこの空間の多様性を生かして、インプットからアウトプットまで、学びからさまざまな創造が広がるような場づくりをしていけたらなと、思っています。

 

編集部コメント

鳥屋尾さんと美しさについて語る中で、「ワコールのトーン」というキーワードが出ました。スタディホールは社員の価値観として表現された「ワコールのトーン」が、空間として具現化した姿ともいえます。八条通沿いに静かに佇むビルに一歩立ち入った瞬間から感じる、この空間そのものが持つ凛とした雰囲気。計算された自然光と人口光の当たり方はとても優しく、流れる環境音も対話を心地よく促し、随所に散りばめられたメッセージによって美的好奇心が刺激される。この静かで強い美しさこそがまさにトーンを形成している要素であり、共創意欲が高い良質な参加者を引き寄せ、学びと価値創出につながる対話を促進しているのではないかと感じました。(遅野井

2017年6月6日更新
取材月:2017年4月

テキスト: 西山 武志
写真:映像家族yucca 成東 匡祐
イラスト:野中 聡紀

 

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