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カオスの中から生まれる「気づき」こそがオープンイノベーションの本質_アクセンチュア・デジタル・ハブ

「オープンイノベーション」が企業にとって新たなビジネスを生み出す方法論として注目され、メーカーやIT企業を中心に「共創空間」を開設する動きが進んでいます。そんな中で、大手コンサルティング企業も共創空間の創設に乗り出しました。デジタルテクノロジーやグローバルネットワークを強みに、数多くのクライアントを成功へと導いているコンサルティング会社のアクセンチュアが、2016年7月、新たな共創拠点として赤坂に「アクセンチュア・デジタル・ハブ」を開設しました。 

アクセンチュア・デジタル・ハブの立ち上げの背景や共創空間の作り方について伺った前編。後編ではアクセンチュアの保科学世さんと市川博久さんのお二人に、これまでのコンサルティング手法との相違点や、日本におけるオープンイノベーションの進むべき方向性を探ります。

「体感」「繋がり」から生まれる日本のイノベーション

WORK MILL:アクセンチュアは以前から、世界各地でオープンイノベーションの事例を作っていたそうですね。日本でアクセンチュア・デジタル・ハブを立ち上げるにあたって何を参考にし、いかにローカライズしたのでしょうか。

ー保科 学世(ほしな・がくせ)
アクセンチュア株式会社 アクセンチュア・デジタル・ハブ統括 デジタルコンサルティング本部 マネジング・ディレクター。データ分析(アナリティクス)に基づく在庫・補充最適化サービスやレコメンド・エンジン、AI対話エンジンなど、アナリティクスソリューションの新規開発をリード。また、これらのサービス導入を支援する際の責任者として、数多くのプロジェクトに携わる。アナリティクス領域の他にも、製造業や通信業界を中心に、大規模基幹システムの導入支援を多数経験。学生時代は物理化学の分野でビッグデータ解析に取り組む。理学博士。

保科:ハード面ではもちろん海外事例を大いに参考にしています。常にオープンな場所ですので、事前にご連絡を頂ければ基本的にはどなたでも使うことができます。来訪者といつもカジュアルにコミュニケーションできるように、全体的にカフェのような雰囲気になっています。ブラックボードになっている壁には、イノベーションに関するキーワードをグラフィティのように掲示していますし、天井も抜いてあります。ラジオをかけることもできます。一方、当社の性質上、顔認証によるセキュリティエリアも配置しています。
ローカライズしたところとしては、例えばデモルームがあります。海外の拠点では通常見せたいものを明確にした上で、ハードウエアやテクノロジーソリューションなどをデモで「見せる」ことに重きを置いています。ですがアクセンチュア・デジタル・ハブでは、「Feel」「Connect」「Innovate」というコンセプトを打ち出しています。つまり、まずデジタルテクノロジーを「感じる(=Feel)」ことから始まり、人々が「繋がる(=Connect)」ことでビジネスを具体化し、新しいビジネスモデルや商品、サービスを「創り上げる(=Innovate)」ということです。そこを明確にした点が、海外と異なります。

WORK MILL:確かに、日本人はどこかプレゼン下手なところがあるとよく言われますし、理屈を考えるばかりで、なかなか実践できない傾向もあります。まず体験してみて、実感することは重要そうですね。

保科:「Connect」について付け加えますと、ここではアクセンチュアが世界中で構築しているスタートアップ企業のネットワークを活用して、お客様とのビジネスマッチングを行い、新たなサービスや商品の開発を支援していくこともできます。また、当社の政府・自治体とのネットワークを通じて、市民生活の向上や社会的課題の解決に取り組めることも、アクセンチュア・デジタル・ハブならではの強みだと思います。

オープンイノベーションで生まれた長期的な観点からのソリューション 

WORK MILL:オープンイノベーションにおいて、「Feel」「Connect」という部分は、「Seed(シード・種)」を生み出し、育むうえで重要だと思います。ただ、そのシードが実になるまで、非常に時間がかかることも事実。今まで取り組んでこられた「最短距離で最適解」という方法論とは真逆なように感じます。その点で、コンフリクト(葛藤)はなかったのでしょうか。

保科:実際のところ、そこまでコンフリクトは感じませんでしたね。アクセンチュアは、お客様の課題解決や「これを実現したい」という希望を、忠実かつ効率的に実現するための支援能力に長けている会社だと自負しています。現在のアクセンチュア・デジタル・ハブは、何が本当の課題なのか、イノベーションを生み出すのに何が必要なのか、という根本的な部分にも目を向けています。オープンイノベーションを方法論に置けば、シードはなんであれ、ゴールに向けて何かを成し遂げるという部分では、戦略のプロもシステム構築のプロも、オペレーション実行のプロもいる。目的が明確になれば、そこに向かってスケールすることは非常に得意な会社なんです。ですから、シードとそのシードを求めている人を、この場所でうまく橋渡しさえすれば、今までやっていることとのコンフリクトは起こらないのではないかと思うんです。

ー市川 博久(いちかわ・ひろひさ)
アクセンチュア株式会社 オープンイノベーション・イニシアチブ ソーシャルシフトユニット/ オペレーションズ本部 マネジング・ディレクター。新卒でアクセンチュアに入社し、コンサルタントとして大手企業の基幹システム導入プロジェクトなどに従事、一貫してITインフラ領域でキャリアを積む。2007年にインフラストラクチャ・アウトソーシング部門を新規に立ち上げ、統括に就任。2010年より、アクセンチュアのCSR活動の一つである「若者の就業力・起業力強化」のチーム責任者を兼務する。

市川:僕らがもともとやってきた、いわゆる「Establish(エスタブリッシュ・確立)」されたビジネスって、過渡期にあると思うんです。今までやってきた方法論でもしっかり成果を出しつつ、オープンイノベーション・イニシアチブでは「0→1」のビジネスにも関わって工数をかける。これは3年前のアクセンチュアでは考えられないことですが、今だからこそ必要性が伴ってきて多くの方々に受け入れられてきていると思うんですね。ゆくゆくは、会社として「0→1」ができる人材を育成し、人事評価制度でもしっかり評価するような時代になってくると個人的に思っています。

保科:オープンイノベーションに取り組むことになって以来、お客様と5年、10年先の話をすることが特に多くなりました。そこが非常に重要だと思うんです。「今はこういう風にビジネスを進めていきましょう。そして、10年後はこういう新たな枠組みで考えていきましょう」と、これからの社会を生き抜く術をお客様と一緒になって話し合えるようになったのは、私自身としても「やってよかったな」と素直に思えるところです。

ストーリーテラーとして、お客様を「成功への共犯者」に

市川:実質的には、今目の前で取り組んでいるエスタブリッシュされたビジネスにおいても、どんどん失敗しないと「コトの核心」にたどり着けないわけです。

保科:そうなんですよ。なぜ大企業よりスタートアップのほうが優れたサービスや商品を迅速に生み出せるのかといえば、「気軽にやって、気軽に失敗するから」なんです(笑)。

市川:そう(笑)。結局、重要なのは「しくじったときの受け身力」だと思うんです。「失敗だとはちっとも思っていないように振る舞う」とか、「これは失敗じゃなくて、あくまでプロセスの一環ですけど、なにか?」みたいな(笑)。そんな「ストーリーテリング」が大事だと思うんです。
僕が普段取り組んでいるインフラビジネスは、コモディティ化との戦いです。その中でも日進月歩で、サービスの提供方法を変えていて、細かい失敗は当然ある。けれども、それをどうステークホルダーの皆様に説明していくのかを考えたとき、あくまでその失敗は成功への通過点に過ぎないというストーリーテリングを行うんです。僕の中では「カタリスト(触媒)」と位置付けているのですが、ステークホルダーの皆様をその物語の、ある種「共犯者」にしてしまうんです。「承認を頂きにいく」のではなく、「成功へともに歩む」仲間にする、というイメージです。

保科:まさに。私自身、スタートアップと大企業との橋渡しをする中で感じるのは、両社間のカルチャーギャップの大きさなんです。当然、大企業は失敗しようとは考えていません。そこで我々がいる一つの意味は、「ストーリーテラーになる」ということ。社外の人間からだからこそ、「失敗にも意味があるんです」と伝えられますよね。

WORK MILL:かつ、プロのコンサルタントからそういうアドバイスがあれば、大企業の中でも社内的な合意が得られやすいかもしれませんね。やはり、日本の現状として、失敗を許容できない文化が、イノベーションを妨げている部分が大きいのかもしれません。

市川:けれど最近、だいぶマインドが変わってきたと思います。オープンイノベーションの必要性、その潮流自体には理解を示している。何か新しいことを、未来への投資としてやらなくてはならない。では、実際にどうするのか、と考えた時、「Tactics(タクティクス・戦術)」がなければ始まらない。日本はすでにそのフェーズにあると思います。そこで「意識付け」に近いのかもしれないけど、制度化する以前のタクティクスを共有し、集合知化できる場所が、このアクセンチュア・デジタル・ハブなのだと思います。

多様な人材の融合がもたらすカオス

WORK MILL:これからのオープンイノベーション・イニシアチブ、そしてアクセンチュア・デジタル・ハブのビジョンはなんでしょうか。

保科:やはり、この場所から、海外へ名を轟かせるような事例が出てくるといいなと思いますね。「課題先進国」と言われる日本だからこそ、企業や自治体などとの相互連携を通じて、世界に先んじて社会課題を解決していくことで、日本発のイノベーションを世界に生み出していけるのだと思います。例えば、我々はいま、排泄予知ウェアラブルのDFree(ディーフリー)を開発するトリプル・ダブリュー・ジャパンさんと一緒になって、日本が多くの課題を抱えるヘルスケア分野のオープンイノベーションに取り組んでいるところです。

市川:アクセンチュア・デジタル・ハブは「カオス」そのものです。その「カオス」からイノベーションを誘発できるとすれば、そこでのコミュニケーションを形式化することで、オープンイノベーションがより加速するのだと思います。実際、今年から慶應義塾大学 大学院政策・メディア研究科 特任講師の若新雄純さんとその研究に取り組み始めています。
実は、あえて就活という道を選ばずにいる無職の若者に集まってもらい、彼らの内発的動機を高め、この人となら働きたいという企業の方を見つける「就活アウトロー採用」「ナルシスト採用」の取り組みは、若新さんたちと僕とで始めたことだったんです。最終的には500名ほどの若者が集まって、200名以上の内定が決まりました。今、僕のチームにその中から6名の若者が来てくれています。非常に面白い人材なんですよ。

WORK MILL:採用でも多様性を積極的に取り込んで、「カオス」を引き起こすのですね。

市川:一般的には「社会的弱者」とされがちなニートですが、「世の中のほうが歪んでいて、彼らこそが世界をリードしてくれる人材なのでは」という仮説を置いてやってみたら、大きなホームランを打つような人がいたという(笑)。僕自身、CSRを通して得た気づきがものすごく多くて、「コンサルとしてスキルを社会に提供している」なんて、1ミリも思っていないです。僕らは今まで、データや設計図を駆使したプレゼン資料を使って、お客様の理解を得ていました。それは理屈としては合っている一方で、果たして本当にその思いに共感して、第三者を動かせるか……つまり、「内発的動機に着火できるか」というと、それはまた別の話になる場合もある。スタートアップのピッチイベントに参加して、人の心を揺さぶるようなソーシャルアントレプレナーの話を聞いていると、とても学ぶことが多いです。でも、そういう「気づき」こそが、オープンイノベーションの本質なのではないかと思うんです。

WORK MILL:保科さん、市川さん、本日は貴重なお話ありがとうございました。

2017年1月31日更新
取材月:2016年12月

テキスト: 大矢 幸世
写真:岩本 良介
イラスト:野中 聡紀