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オープン・イノベーション ― 日本企業の変革を阻むものとは

かつて世界を席巻した日本企業の高い技術力。「今まではなかったもの」を製品化し、ライフスタイルをも変える力を持ったプロダクト群は、まさに「イノベーション」を体現したものでした。しかし最近ではその先駆者としての役割も海外企業に取って代わられ、日本企業には閉塞感さえ漂っているのが実情です。

 

その打開策として注目されているのが「オープン・イノベーション」。国内でも少しずつ始まっているオープン・イノベーションの取り組みですが、果たして多くの従業員を抱える大企業においても、現状打破への鍵となり得るのでしょうか。

 

WORK MILL編集長の遅野井が、気になるテーマについて有識者らと議論を交わす企画『CROSS TALK』。今回は、岡村製作所が運営するセッションスペース「Sea」において、2016年1月に行われたカンファレンスイベント「SEA DAY01」で白熱した議論を交わした3名が、ふたたび一堂に会しました。筑波大学大学院ビジネス科学研究科教授の立本博文氏、株式会社ロフトワーク代表取締役の林千晶氏を迎え、「日本型オープン・イノベーション」について、その可能性を探ります。前編ではオープン・イノベーションが注目されてきた背景と、日本のオープン・イノベーションを阻んでいるものについて検討します。

 

オープン・イノベーションを誘発する「ガス爆発」とは?

ー遅野井宏(おそのい・ひろし)WORK MILL編集長
大手製造業での長年にわたる事業企画経験を通じ、日本企業の現場における働き方に強い問題意識を持つ。同社における社内変革経験を経て外資系IT企業に転職し、ワークスタイル変革コンサルタントとしてこの奥深いテーマに挑む。現在は、オフィス環境に軸足を置きながら、組織を超えた人のつながりを探求。Open Innovation Biotope “Sea”の企画立案に携わるほか、社内外様々な場で講演活動や情報発信を行う。

 

遅野井:まず立本先生にアカデミックな観点から「オープン・イノベーション※1」の定義とその背景を解説していただけますか?

 

※1 社内アイディアと社外のアイディアを同様に重視してイノベーションを起こそうという概念。典型的には、社外のアイデア・技術を社内のプロダクトなどに組み合わせることでイノベーションを促進するインバウンド型のオープン・イノベーションと、社内のアイディア・技術をライセンスやカーブアウトを通じて製品化以外で市場化するアウトバウンド型のオープン・イノベーションがある。

 

ー立本博文(たつもと・ひろふみ)筑波大学ビジネスサイエンス系教授
博士(経済学・東京大学)2002年東京大学先端科学技術研究センター助教、2004年東京大学ものづくり経営研究センター助教、2009年兵庫県立大学経営学部准教授、2010年MIT Sloan School of Management 客員研究員、2012年筑波大学大学院ビジネス科学研究科准教授、2016年より現職。共著に『オープン・イノベーション・システム-欧州における自動車組込みシステムの開発と標準化』(晃洋書房)。

 

立本:そもそも、イノベーション※2研究は100年ほどの歴史があります。1910年代にオーストリアの経済学者であるヨーゼフ・シュンペーターがイノベーションを定義したのがきっかけです。近年、1990年代の終わりから2000年初頭にかけて新たなイノベーション研究の潮流が生まれています。特にアメリカの西海岸を中心に台頭してきているのが、ヘンリー・チェスブロウが提唱したオープン・イノベーションというコンセプトです。オープン・イノベーションには、ひとつの研究所や企業でイノベーションを完結することは出来ない点を強調し、企業のネットワークを活用して、さまざまな企業と協力することでイノベーションを追求していこうという主張があります。オープン・イノベーションの源泉にあるのは、企業のネットワークです。日本はサプライヤーネットワーク※3が優秀なことで世界的にも知られています。
 ですから、「オープン・イノベーションとは、他の企業と協働しながら……」なんて説明すると、既視感を覚える方もいるかもしれません。その直感は半分は正しく、半分は間違っています。ひとつの会社にとどまらず、ネットワークをもって開発する他企業との連携は既に行っていますが、それが「オープン」であるかどうかは別です。つまり、オープンの価値の捉え方が違う。「オープン」という点は日本企業はちょっと苦手かもしれませんね。

 

※2 経済活動において、生産方法や資源、労働力などを新結合することによって、社会に新たな価値を創出すること
※3 部品サプライヤー(部品供給企業)と完成品企業、もしくは、部品企業間の部品開発・調達ネットワーク

 

ー林千晶(はやし・ちあき)株式会社ロフトワーク 代表取締役
1971年生、アラブ首長国育ち。早稲田大学商学部、ボストン大学大学院ジャーナリズム学科卒業。1994年に花王に入社。マーケティング部門に所属し、日用品・化粧品の商品開発、広告プロモーション、販売計画などを担当。1997年に退社し米国ボストン大学大学院に留学。卒業後、共同通信NY支局に勤務。経済担当として米国IT企業や起業家とのネットワークを構築。2000年に帰国し、ロフトワークを起業。

 

林:オープン・イノベーションの「オープン」という言葉をざっくり「自社で完結しないこと」と定義してしまうと、日本企業はみんな安心して、「うちはオープン・イノベーションを取り入れています」と理解してしまってもおかしくない。また、オープン・イノベーションを語る上でもう一つ、違和感を感じることがあります。私は今、経済産業省の研究会(研究開発・イノベーション小委員会)に出席していて、オープン・イノベーションについての政策を議論しています。その中心に「オープン・イノベーションのためには産学連携を推進していく」といった方針が示されています。つまり「企業と大学をくっつけてイノベーションを起こそう」ということなんですが、それがどうも、普段自分が捉えているオープン・イノベーションとズレているような感じがする。

そこで、研究会メンバーと議論を重ねて、オープン・イノベーションが有効な領域を、3つのプロセスに分けて定義しました。

 

研究開発・イノベーション小委員会‐中間とりまとめ資料より引用

 

国の政策でよく語られているのは、『技術開発』のプロセスで産学連携し、イノベーションを推進すること。大学の研究リソースや人材を企業が取り入れていくことで、より短期間で効率的に開発できるのではないか……という目論見のもとに。でもオープン・イノベーションの真価を求めるなら、『アイデア創出』においていかに外部の視点を入れるか、あるいは『社会実装・市場獲得』の展開として、API※4やクリエイティブ・コモンズ・ライセンス※5での提供などを活用し、文字通り「オープン」なプロトコルをデザインすることで、自社商品やサービスに外部サービスが組み合わさり、広がっていくような動きを設計することも重要だと感じています。開発プロセスにばかりとらわれていたらもったいないです。

 

立本:イノベーションが「技術革新」と訳されてしまっているのが、そもそもマズいのかもしれませんね。

 

林:そうですね。だから技術開発主導のニュアンスだけで捉えられてしまっているのかも。「インベンション(invention)=発明」の要素が強すぎる気がします。

 

立本:そう。「インベンション」は「イノベーション」の一部ではあるけど、重要なのは「社会に影響を与えるかどうか」という観点なんですよね。

 

林:社会への影響力を考えるともちろん、『社会実装・市場獲得』の領域で「広がりを生む仕組み」も重要ですが、そのための原動力として『アイデア創出』におけるコンセプトの強度も問われてきます。

 

立本:この図はイノベーションのすごく重要な点を言い当ていると思います。『アイデア創出』、『技術開発』、『社会実装・市場獲得』とありますが、『技術開発』と『社会実装・市場獲得』はプロセスですよね。でも、この図でいっている『アイデア創出』は、アイデア・ジェネレーションのことで、具体的なプロセスに収まらないんですよね。むしろ、そういうことができる「場」の形成が重要。シリコンバレー的にいうと「カルチャー」や「ネットワーキング」とか、いわゆる人的ネットワークのようなものがあって、「創発」が生まれる。そういうのがないと、次に続くプロセスがうまくいかないんです。

 

林:オープンスペースやコワーキングスペースが増えてきているのは、つまりそこで生まれるアイデアの重要性に多くの人が気づきはじめているってことなんじゃないでしょうか。今まで、企業の枠組みだけで開発されていたプロダクトを、単に「大学を参画させることで面白い技術になる」みたいな方法論に終始しないで、そもそも今、何が社会に求められているのか。あるいは「使い道がない」と思われがちな技術に対して、「こんな分野なら活用できるかもしれない」という視点で可能性を広げることができるかもしれません。

 

立本:イノベーションって「ガスが爆発する」みたいなものなんですよね。そのためにはガスを「充填」させる必要があるけど、エネルギーを充填すべき場所はこの図でいう『アイデア創出』の部分。そしてエネルギーの充填方法は、このプロセスとは別のところにあって、人的ネットワークやオープンなカルチャー、アイデアを自由に交換することで得られるんですよ。こういう「場」からうまれたアイデアを、あとに続くプロセスでうまく回していけば、より社会にインパクトをもたらす可能性が高くなる。ですから、つくばや川崎、横浜などのように地域ぐるみで国際戦略総合特区を設けて、イノベーションを推進していくのはアリだと思うんです。

 

遅野井:でも、国の施策ベースだと「産学連携すれば、イノベーションが起こる」と思いこんでしまいがちという指摘も。

 

立本:一応、僕は大学にいる側なので弁護しておくと(笑)、日本において「オープン・イノベーションが重要」と言われるようになったのは、企業における研究力が落ちてきているという状況があるんです。それを補うものとして、大学の研究開発力を活用するという方法論は一理あります。アメリカでも80年代以降、そういう傾向はあって、政府が大学の研究開発への補助金を拡大してきたんです。その成果もあったと思います。ただ、日本の場合は正直なところ、(アメリカのケースと違って)大学の予算比率が下がってきている中でオープン・イノベーションにも協力を……となっているのが苦しいところなんですが(笑)

 

※4 アプリケーションプログラミングインターフェース。アプリケーションをプログラミングする際に用いる仕様、およびインターフェース。それを用いることでプログラミングを簡略化することができる
※5 著作権を持つ者が作品の公開・流通ルールを決め、条件に基づいて利用者は再配布や改変を行うことができる

ふたつの領域が重なる「間(あわい)」が付加価値を生む

 

林:ところで、そもそもイノベーションを起こす手法として、オープン・イノベーションがこれほど注目されるようになったのには、どんな背景があるのでしょうか。

 

立本:これは一般論的な側面もありますが、昔なら専門家だけが開発に専念すればよかったのが、今はものすごいスピードであらゆるものがコモディティ化しているということがあるとおもいます。なにか画期的なプロダクトを作るのなら、能力のある人材や組織を既存のつながりや取引先の中から探すよりは、マッチングエージェントに頼んだり、公募で探したりしたほうが見つかる可能性は高い。そうやって、組織はおろか国境さえ越えて「一緒にやろう」となっている。昔だったらつながりようのなかった人と一緒にプロダクトを作っていくのは、今は当然です。そうしなければ通用しないという課題意識すら、出てきていると思います。

 

林:そういう意味では、ただ「モノをつくる」というだけで潤っていた高度成長期を経て、さまざまな価値観が生まれている中で、今、すごく力のあるサービスって「どこにも分類できないようなビジネス」であることが多いですよね。

 

立本:それがまさに付加価値を生んでいる。

 

林:今までは家電、通信、電気…と業種ごとに分類されていたのが、IoTやバイオベンチャーなど、分類と分類の重なっている部分に新たな価値が生まれているということですよね。大学でも学際的な研究が増えてきている。「間(あわい)」という言葉があって、ふたつの領域が重なり合う部分のことを指すのですが、そういった「間」の価値が高まってきているのではないでしょうか。

 

立本:今までプロダクトそのものが重要だったのが、その上の階層にあるサービス、あるいはそのプロダクトとサービスまで含めて、重要になってきたということでしょう。よく言う「高度化」ということなんだろうけど、ユーザーがプロダクトを手に入れるだけでは満足できなくなってきて、既存の縦割りのセグメントではニーズを満たすことができなくなってきたんですよね。

 

遅野井:ある種、今まで日本が指向してきたイノベーションのジレンマなのかもしれませんが、企業はユーザーが望んでいる以上にプロダクトを高スペック化することに長けていて、それこそが世界における日本の存在感を示していた。ただ、それが通用しなくなって「ひとつの領域を重点的に高めていく」という方法論に限界があることをみんなわかってきたからこそ、「体験全体をデザインしていく」方向にシフトしてきているのでしょう。

 

林:あと、これほど多様な領域が接続されてきているのは、やはりインターネットの影響があるでしょうね。今まで単機能だったプロダクトが、ネットワークでつながることによって、リアルタイム性や位置情報を持ち、パーソナライズされていく。それらがすべてつながっていった時に、従来の分類には当てはまらないサービスが生まれる可能性もあるし、あるいは逆に、既存のサービスがなくなるリスクもある。

 

遅野井:今まで単独で存在してきたものが、ネットという共通言語によってわかりあえるようになってきたということでしょうか。

 

立本:2つの側面があると思います。1つの側面は、日本はある意味、先進国として成熟化したということ。新興国は先進国で生まれた生活文化を取り込もうと一生懸命で、高度成長期の日本はまさにそういうフェーズだった。それが先進国になって、既存のものでは満足できず、新しいものを求めるようになった。もう1つの側面が、領域横断的なサービスがそういった潜在的なニーズに応えていて、それを実現する機会と機能を持つ「とてもいいツール」がネットだった、ということだと思うんですよね。

 

成功体験が「ゲームチェンジ」を阻む?

 

遅野井:一方で、日本は高度成長期に各産業ががんばってきて、今、ここにまで至ったストーリーがある。けれども、たとえば中国やインドといった新興国では、ストーリーや文脈など関係ないところで、既に完成された技術や概念をどんどん取り入れ、大成している。そこにパラドックスがある気もするんです。日本はストーリーがあるからこそ、抜け出せない。

 

立本:そのストーリーの正体ってなんですか?

 

遅野井:「成功体験」でしょうか。それにとらわれているから、新たな概念を取り入れるのが難しい。

 

立本:確かに、新興国のほうがしがらみがないぶん、自分の使いやすいようにカスタマイズすることもできるでしょうね。その一方で、先進国の中でも再びイノベーションの競争が起きているんです。特にシリコンバレーなんて、明らかにもう一度「ジャンプ」しようとしている。そのレベルで見ると、日本は残念ながら、少し遅れている気がします。

 

林:日本は特定の技術を究める力は強いような印象がありますが、それは実際、どうなんでしょうか。

 

遅野井:企業研究所を見ていると、やはり相当技術力は高いと感じますね。それこそコンマ何秒を詰めるスプリンターのような開発をしている。ただ、外との接点を持てず、役に立つ実感がないまま進んでいるのかもしれません。

 

林:そう考えると、「T型人材※6」と言われるようなある特定の分野を究めながらも、他の分野にも知見のある人材なら可能性はありそうですよね。異なる領域を組み合わせることによって爆発力のあるインパクトが生まれれば、日本もまだまだ行けるのかなと思うんです。

 

立本:一方で気をつけないといけないのは、スプリンターみたいな開発をしている間に、「100メートル競走」が「障害走」に変わっている可能性がある。

 

遅野井:「ルールが変わってる」ということですね。

 

立本:そう。変わってることに気づかないまま、ゴールを見失っている。

 

林:社会が動いている中で「ゲームチェンジ」なんて日常茶飯事ですよね。そこで必要なのは、「ゲームチェンジャー」を作ること。MITメディアラボとハーバードが共同開発した「アトラス」という国際貿易のデータを可視化したものがあるんです。今まで経済成長ともっとも相関関係があると考えられていたのは教育でしたが、実は経済複雑性指標が高ければ高いほどGDPが高くなるというデータがあるんです。つまり、国内で生産する製品の種類や行程が複雑であるほど、経済成長に優位に働くということなのですが、そのランキングで日本は1位だったんです。

 

立本:日本にはそれだけ多くの「ピース」があるということですね。

 

林:技術力が高いことは明確にデータに現れているのだから、そこからゲームチェンジャーを生み出せたら、本当に強いんじゃないかと思うんです。でもなぜか、なかなかそういう人材が出てこない。

 

立本:本来、人材の流動性が高ければ自然とガスは充填されるはず。ただ、残念ながら現状はそうではないから、なかなかゲームチェンジャーは生まれない。その打開策としては、マッチング・エージェントを活用したり、アイデアだけ流動性を持たせたりすることなどが考えられます。

 

林:「強制的にふたつの技術を隣り合わせにしてみる」のはどうでしょう? でもそれだけでは「ガスが充填される」感じがしないんですよね。爆発力とインパクトに欠ける。

 

立本:エージェントがすべてお膳立てしていくのは、必ずしも正解とは言い切れない。併行してコミュニケーションを密に取れるような、明文化されていない、なにかそれ以外の方法が重要なのかもしれません。

 

※6 幅広い知識と特定分野の深い専門知識を持っている人材

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日本のオープン・イノベーションに足りないものが少しずつ見えてきた今回のお話。中編では日本のオープン・イノベーションを阻む要因をさらに掘り下げ、ブレークスルーにつながるカギの在りかを探ります。

 

編集後記

自らの実務経験、また様々な企業をコンサルティングしてきた経験から、対談企画開始に当たりまず議論したかったのが日本におけるオープンイノベーションの可能性についてです。前編においては「オープンイノベーションで重視する3つのフェーズ」(林さん)、そして「イノベーションはガス爆発のようなもの」(立本先生)という表現で、今後の議論の下地が整理できました。

もちろん多くの企業においても、外部講師を招聘したセミナーや異業種交流といった外部との接点に加え、社内においても研修やワークショップなど、イノベーションの火種となる活動は数多く実践されています。しかし、閉塞感という不燃性ガスが充満していて、せっかくの火種が爆発することなく消えてしまう。企業や組織は今まで以上に多様なネットワークに継続的に触れながら、固定されたパターン以外の化学変化を体験することで、可燃性のガスを充填することが求められているのだと感じています。中編もご期待ください。(遅野井)

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