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第1話 「オフィス」から「ワークプレイス」へ

 

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による連載コラムです。

連載にあたり

皆さん、はじめまして。これから毎月、はたらき方やはたらく場についてよもやま話をさせていただくことになりました。私は今の職に就いてはや1/3世紀。その間ずっと「はたらく」を見聞きし考えてきた世にも稀な人間です。なので、昔はああだったのが今はこうなったという移り変わりと、そこから見えてくる(と勝手に思っている)未来予想を語る機会をいただいた次第です。いつまでの連載になるかは、ネタの尽き具合と私の体力、なによりも皆さんのお役にたっているかどうかによります。どうぞしばらくの間、気軽にお付き合いください。

 

連載を始めるにあたり決めたことは、毎回のタイトルを『「〇〇」から「××」へ』とすることでした。過去、現在、未来をつなぐひとつのテーマを「〇〇」と「××」に込めて話していくつもりでいます。さて、そんな中で初回はどうするか...。いろいろと考えた末に、初めなので大きな、包括的なテーマがいいだろうという思いに至り、初回は『「オフィス」から「ワークプレイス」』にしてみました。それでは早速ですが、昔話から始めます。

 

ー鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』など。

 

オフィスってどんなもの?

40年近く前、新入社員の私がオフィスのことを研究する部署に着任した初日のことです(ちなみにいまだに同じ部署に勤めています)。教育・指導を担当してくれた先輩から課題を与えられたときの会話……

 

先輩「鯨井くん、オフィスってどんなものか考えてレポートしてみて」
私「はい。わかりました (^^)!」

 

大学在学中はオフィスなんかについて考えたこともなかった私はいきなり途方にくれました。そこでまずは調べることに。今ならググるところでしょうが、もちろん当時はそんな便利なものはありません。そこで、国語辞書を引いてみたところ

 

オフィス【office】①事務を行うための建物・部屋。事務所。②官庁。役所。

と、ひどくあっさりとした説明しか載っていません。まだ左も右もわからなかった新人の私は、それをそのままノートに写して先輩に提出したところ……

 

先輩「(深いため息をつきながら)鯨井くん、これからゆっくり勉強していってね」
私「はい...わかりました (^^;)」

 

先輩のありがたい言葉に従って、以来私は「オフィス」について勉強し続けて齢を重ねてきたのでした。 さて皆さん、オフィスって何だったのでしょうか?

 

オフィスの移り変わり

人が集まり事務作業を行う場所のことを私たちはオフィスと呼んできました。仕事に必要な資材(紙や文具、機材資材など)と蓄積してきた情報(文書、書籍など)がある場所に大勢の人(上司や部下、同僚など)が集まり、事業戦略を練り、年間の事業計画に沿って活動し、新たな価値を創りだすところ。物理的な成果物として文書や記録などをつくり出す場所。そこがオフィスと呼ばれるところです。

 

こうした人と情報を一ヶ所に集中させることによって事務作業を効率的に行うためにできたオフィスと呼ばれるものが生まれたのは産業革命の後だといわれています。当時は工場の運営において科学的管理が成果をあげていたことから、その流れがオフィスにも導入され、はたらく人に対する徹底的な管理主義が横行。大勢のタイピストが広い空間にずらりと並べられ、上役から監視される中ではたらいている写真が数多く残っていますので、そうした風景を見たことがある方もいらっしゃるかもしれません。はたらく人はまるで機械扱い。気軽に立ち歩いたり、おしゃべりが許される雰囲気はまったくありません。そんな極めて自由度の少ない人間味が欠落した場所が近代オフィスの出発点で、こうしたことが20世紀の半ばまで続いていたようです。

 

そんなオフィスづくりにあるとき楔が打ち込まれます。ダイナミックな仕事の流れを考えて部署を配置し、周囲の人と自由闊達なコミュニケーションを行ったり、個人が自分の作業に集中できる環境を確保することなどがオフィスの生産性を高める、という新しいオフィスづくりの考え方が提案されたのです。これって今の私たちのはたらき方に近いですよね。そうです。このときに考案されたオフィスが現在のオフィスの原形なのです。 このようなオフィスづくりが始まって既に50年ほどが経過しています(むしろたったの50年しかたっていないというべきでしょうか)。当初のガチガチに管理されていたオフィスに比べれば、はたらく人たちの自由度は増し、オフィスの中で自由にふるまえるようになったのです。けれども、決まった時間に決まった場所に出社してはたらくことに変わりはなく、ある程度の制約の中で成立しているのが現在のオフィスだと言えそうです。

 

ワークプレイスが登場し、オフィスはなくなる……

地震などの大規模災害が発生した直後のBCP対策として子育てや介護をしなければならない人を戦力化することや、個人の仕事をより効率的に行うため、さらには社外の人との接点を増やすために、今、はたらく場所は従来のオフィスから外に向けて広がりつつあります。こうした動きを技術的に支えているのがICTであることは言うまでもありません。オフィス以外の場所にいても、オフィスにいるときと同じように会社のサーバーにアクセスすることができ、携帯しているデバイスで仕事ができるようになっていれば、オフィスという固定の場所に集まる必要性はぐっと少なくなります。

 

また、メールやビデオレターなどを使えば、たとえ時間と場所を共有していなくても、仲間とコミュニケーションすることが可能になっていくのです。 これまでのオフィスとは異なるはたらく場を(設けることをそういえばオルタナティブオフィシングと呼んだりしていましたっけ)オフィスと呼ぶことに抵抗があったので、それらを含めてすべてのはたらく場所をワークプレイスと名づけたのです。ちなみに、『総解説ファシリティマネジメント』(JFMA,2007年,1版10刷)では、ワークプレイスを「情報通信技術を活用し、時間や場所を選ばず知的生産活動を行う、人が働く場の総体のこと」と定義しています。

 

 

分散していくはたらく場所をもう少し詳しく見てみましょう。これまで私たちが集まって仕事をしていたオフィス(上の図の左端)の対極に位置付けられるのが右端の「ホームオフィス」。ここではたらくことを在宅勤務といいます。ひとりで進めることのできる仕事であれば、会社の仲間などから邪魔される心配がなく(ただし家族は別です)、マイペースで自分の仕事に専念できることが大きなメリットです。

 

右からふたつ目の「レンタルオフィス」は、街中にある時間貸しのデスクスペースです。自宅にはなかなか置くことができない高精度の出力機器などを利用できることが「ホームオフィス」にはない利点といえるでしょう。家族からの妨害行為からも逃れられますし……。 「パブリックスペース」はカフェや図書館の閲覧席などを仕事に利用するもので、コワーキングスペースの共用部分などもこれに含まれます。情報セキュリティの面では多少のリスクが伴いますが、個人の作業も、プロジェクトメンバーなどとの協働作業にも利用することができます。

左のふたつは、これからのオフィスにおいて中心的な役割となるべきスペースです。 「プロジェクトスペース」はその名のとおりプロジェクトチームに与えられる専用スペースのこと。「チームスペース」は、企業の中にもともとある部、課、係などのメンバーが利用するアジトのようなスペースのことで、ここで仲間とビジョンの再確認や仕事の進捗状況などといった情報共有をはかります。

 

図にも示したように、個人作業を行うスペースは右の方に向けて流れ出ていくので、オフィスの中にあるデスクスペースがオフィス全体に占める割合は減っていくと思われます。逆にコミュニケーションをとるためのスペースは、これまでより大きな比重をもつようになりそうです。革新的な価値を創りだすためには自分たちとは分野の異なる社外の知見を得ることが欠かせないという昨今よくいわれる説が正しいのであれば、特に外部の人を招き入れ協働するスペースの必要性が高まっていくことでしょう。日本家屋の縁側のような内部と外部が交じり合う空間の充実がこれからのオフィスには求められていくと私は考えています。

 

ワークプレイスすらなくなってしまうのか?

近い将来科学技術がさらに進み、PCやICチップを装着したり体に埋め込むような時代になれば、今以上に、どこにいたって、いつだってはたらくことができるようになるはずです。仲間とのコミュニケーションだって、時間と場所を共有していなくても会って話をするのとまったく同じようにできる日が来るに違いありません。

 

どこにいても、どんな状況でも完璧にはたらくことができるのなら、はたらく場所について考える意味なんてなくなります。ワークプレイスという概念は消滅してしまうかもしれません。あえて言うのなら、その人が今いるところ、その人の心と頭そのものがワークプレイスなのかもしれません。昨今話題のシンギュラリティを過ぎ、人工知能が人類を支配することになれば、そのときこそオフィスはもちろんワークプレイスすら過去の遺物となることでしょう。

 

勢い余ってSFのような絵空事めいた話をしてしまいました。ここらで今回の話のまとめをしようと思います。「はたらく」ことを考えるときに最も大切なことは、人がそこではたらいているということを認識することではないでしょうか。人工知能やロボットに制圧されない限り、はたらく場は存在し続け、そしてそれは人のためにあるのです。そこをオフィスと呼ぼうと、ワークプレイスと言おうと、そんなことは実はどうでもいいことなのかもしれません。

 

そうしたはたらく場の過去からの移り変わりを見て気づかされることは、当初、時間も場所も厳しい制約を受け管理・監視されていたはたらき手たちが、時代を経るに従って徐々に、はたらく時間も、はたらく場所についてもその制約を解かれていったという事実です。はたらき方とはたらく場所の歴史は不要なストレスを軽減する方向に進化しているように見えなくもありません。少し大げさになるのを承知の上で言いますと、オフィスからワークプレイスに至るはたらく場の一連の流れは、時間と場所からワーカーを解放する歴史だったのです。そして、この流れは今後もさらに勢いを増して進んでいくと思われます。

 

高度な成果を求められる社会、多様で複雑な人間関係に絡み取られている現代人。私たちのストレスは増すばかりです。だからこそ、はたらく場である「オフィス」「ワークプレイス」は、人が思いどおりにイキイキとはたらくことのできる自由な場にしていきたいものだと私は思います。豊かで実り多きワークライフを過ごすことのできる場こそが、真に高い生産性を維持し、それを持続させうる。そうした想いを持って、これからも「はたらく」をとらえていきたいと考える今日この頃の私です。

 

さて、このあたりで連載第1話を終えようと思います。読んでいただいた皆さんにはこの場を借りて感謝申し上げます。多少なりともお役に立った部分があったのなら望外の喜びです。次回のテーマは未定なので、こんなことを書くのははなはだ無責任ですが、ぜひ楽しみにしてお待ちください。

 

追伸:今は亡き先輩へ
あれから長い間「オフィス」について勉強してきましたが、私は未だにこんなレベルです。どうかこれで勘弁してください。m(__)m

 

第1話 完

 

■働くを考えるシリーズ 掲載記事

第1話「オフィス」から「ワークプレイス」へ
第2話「みんなにひとつ」から「ひとりにふたつ」へ
第3話「効率」から「創造」へ
第4話「指定席」から「自由席」へ
第5話「座りなさい」から「立ってなさい」へ
第6話「多・遠・長」から「少・近・短」へ
第7話「ピラミッド」から「フラット」へ
第8話「灰色」から「薔薇色」へ
第9話「室内」から「地球」へ

 

テキスト:鯨井 康志
写真:岩本 良介
イラスト:
(メインビジュアル)永良 亮子
(文中図版)野中 聡紀

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