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夫婦で一緒に働くからこそたどり着ける世界

「グローバル人材」という言葉に、あなたはどんな印象を持つでしょうか。おそらく「世界のどこでも通用する、競争力のあるビジネスパーソン」という捉え方が一般的でしょう。実はこの「グローバル人材」という表現は日本で生まれた造語であり、他の国では通用しないのです。日本におけるグローバルの解釈は、どこかズレているのかもしれません。

学生や企業向けにグローバル・シチズンシップ教育を手がけている一般社団法人グローバル教育推進プロジェクト(GiFT)の辰野まどか氏と鈴木大樹氏へのインタビュー。後編では、彼らが「グローバル」の文脈に興味を持った原体験や、夫婦で働くことの意義や強みなど、個人的なエピソードに迫っていきます。

 

・記事前編_グローバル社会に必要な「地球市民意識」

 

国際会議で一喝されて芽生えた、平和とグローバルへの視座

WORK MILL:おふたりが「グローバル・シチズンシップ教育」「グローバルに働く」という文脈に興味を持つきっかけとなった原体験はありますか。

 

ー辰野まどか(たつの・まどか)
一般社団法人グローバル教育推進プロジェクト(GiFT) 専務理事/事務局長。コーチングファーム勤務後、米国大学院SITにて異文化サービス・リーダーシップ・マネジメント修士号取得。米国教育NPOでのグローバル教育コーディネーター、内閣府主催「世界青年の船」事業コース・ディスッカッション主任等などを経て、2012年12月にGiFTを社団法人化し現職に。2015年より持続可能な開発のための教育(ESD)円卓会議委員、2016年より東洋大学食環境科学研究科客員教授。

 

辰野:「GiFT」を作った理由にもつながるのですが、私には強烈な原体験があります。実は中高生の頃、私は英語が大の苦手でした。学校は帰国子女が多い環境だったので、「勝ち目のないことはやりたくない!」と英語の勉強を放棄していて。そんな状況を憂いてか、私の17歳の誕生日の時、母が「3週間ひとりでスイスの国際会議にでる権利をプレゼントします!」って言うんですよ。ただ旅行で行くのではなくて国際会議にでなさい、と。

 

WORK MILL:国際会議に?

 

辰野:そう、私も最初は母が言っている意味がわかりませんでした。でも母は本気で、私は混乱しながらもスイスに向かいました……。行ってみたら、第一線で活躍している政治家や起業家、教育関係者、NGO関係者が大勢集まるような、とても由緒正しい場だったんです。そこでは平和維持、環境問題、グローバル教育など、さまざまな国際的課題について、毎日深い話し合いが行われていました。

 

WORK MILL:辰野さんはどういったポジションでそこにアサインされていたのでしょうか。

 

辰野:母からは「出席者の子供の体で会場にいればいい」と言われていました。もちろん親はついてきてくれなかったのですけれども。私は自分の存在意義も理解できず、英語もまったくできない状態ながらも、なんとか3週間生き延びて。英語漬けの環境にいたおかげで少し英会話もできるようになって、それなりの充実感もありました。そして、ようやくきた最終日に、会議の場で感想を求められました。3週間で色々感じ、学んだ私は「世界中から人が集まって、平和のために真剣に話し合う機会が設けられているのは、本当に素晴らしいことだと思います。これからも、このような場がずっと続いていってほしいです」と、心からの気持ちを発表しました。

 

WORK MILL:高校生でそのような発言ができるのは、とても立派なことだと感じます。

 

辰野:ですよね、私も当時「いいこと言えたな」って思ってました(笑)。そしたら、目の前に座っていた白髪でよぼよぼのおばあちゃんが突然震えながら、大声で私に向かって「何言ってんの! アナタが続けていくんでしょ!!」って怒鳴ったんです。

 

WORK MILL:それはビックリしますね……!

 

辰野:ビックリでしたし、かなり怖かったです。でも、その瞬間が私の人生のターニングポイントでした。「あ、そうか。平和は願っていれば訪れるものじゃなくて、自分たちで創り続けていかなきゃいけないんだ。誰かが創り続けてきたから、今の平和があるんだ」という気づきが、私の心に痛烈に突き刺さったんです。

 

WORK MILL:そこから世界の見え方が変わった?

 

辰野:そうですね。英語も他の勉強もさほどやる気のなかった高校生が、世界平和と真剣に向き合い、グローバル教育オタクの道を歩み始めるのに、あの一喝は十分すぎるきっかけでした。後々わかったことなんですけど、実はそのおばあちゃんは、日本で最初にNGOを作った女性として高名な相馬雪香さんだったんです。彼女は激動の時代の中で、難民援助の活動に身を投じ、命を懸けて自力で平和を紡いできた偉人です。そんな方から「アナタがやるんでしょ」と言われたのかと思うと、あらためて重みを感じます。きっと私はあの時、相馬さんからバトンを受け取ったように感じました。

 

属性が消えて、固有名詞が前に出てくる瞬間

WORK MILL:鈴木さんはいかがでしょうか。「グローバル」に意識が向かう契機などはありましたか。

 

ー鈴木大樹(すずき・たいじゅ)
GiFTダイバーシティ・ファシリテーター/エクゼクティブ・コーチ。大手銀行勤務後、慶應大学ビジネス・スクールにてMBA取得。経営コンサルティングファーム、コーチングファームでの勤務を経験した後、米国大学院CIISにて臨床心理学修士号取得。2011年から約2年間、世界を一周する。2013年度内閣府主催第40回「東南アジア青年の船事業」のナショナルリーダーに選出。2014年より現職。

 

鈴木:大学4年生の時に参加した「東南アジア青年の船」事業という内閣府のプログラムが、初めて世界とつながった経験でした。僕は高校まで地元の千葉県の学校に通っていたんですが、例えば、親の代から地元で育って、地元の学校に行って、地元に就職して、地元で結婚して、その後も地元に住んで、その子供も…、みたいに、代々、同じ土地で人生が完結していくサイクルを感じたり、「成績の良い子は地元の国立大学に行く」みたいな固定的な価値観があって、「良い悪いではなく、この価値観やサイクルの向こうに行ってみたい」という想いは、ずっと抱いていました。なので、どこかのタイミングで世界には飛び出したいなと考えていたんです。

 

WORK MILL:「東南アジア青年の船」とは、どんなプログラムなのでしょうか。

 

鈴木:日本とASEAN各国から選抜された18歳から30歳までの優秀な若者が同じ船に乗って、約2ヶ月間かけて東南アジア諸国を回るんです。国籍の違う同世代の若者同士が24時間生活をともにして、船上ではディスカッションや文化紹介など様々なアクティビティをします。寄港地ではホームステイも一緒にするので、自然と相互理解が深まっています。プログラムが終了する頃には一生の仲間になっているのですが、あの世界観は独特かつ刺激的ですね。

 

WORK MILL:航海中、とくに印象に残っていることはありますか。

 

鈴木:船の中での共同生活のルールは、すべて自分たちで決めなければならないんです。例えば、「イスラム教徒の参加青年が祈りのために使用するプレイングルームはどこに用意するのか、イスラム教徒以外もその部屋を使っていいのか」「ムスリムの参加青年が半数近くいる中でお酒の扱いをどうするのか」「女性の肌の露出はどこまでOKなのか」など、問題提起がなされる度に皆で話し合って解決していく。宗教の違いもありますから、お互いの立場や価値観の理解に時間がかかることもあります。ただ、そうやってお互いに主張して、みんなが納得する落とし所をひとつずつ見つけていくと、全員をつなぐ世界観が生まれてくるんです。

 

WORK MILL:異なる国で生まれた人間たちが、ひとつの共同体になっていく……それは、いまGiFTで提唱されている「グローバル・シチズンシップ(地球市民意識)」が育ちそうな場ですね。

 

鈴木:おっしゃる通りです。最初の頃は周りの仲間を「フィリピン人の◯◯君、シンガポール人の◯◯さん」と認識していたんですけど、仲良くなるにつれて「◯◯人」といった属性が意識の中でどんどん薄れていって、逆に「◯◯君、◯◯さん」という固有名詞がどんどん色濃くなってきて……。最後はそれのみになってしまう感覚がありました。多分あれが、僕にとって初めてグローバル・シチズンシップが芽生えた瞬間だと感じています。

 

社会、職場、家庭――垣根をなくすことで、クリエイティビティが生まれる

 

WORK MILL:おふたりは2014年4月にご結婚されましたが、それ以前のGiFTの立ち上げから今に至るまで、近しい距離感で仕事をともにされていますね。その中で感じた「夫婦で働くことのメリット、デメリット」などあれば、教えていただけますでしょうか。

 

鈴木:メリットはたくさんあるんですけど、デメリットはあまり感じてないですね。多分それは、僕らがふたりとも「個人で楽しめること」をすでにやりきってから結婚したからだと思います。僕の場合だと社会人になってから留学も含めて2度大学院に行きましたし、41歳から会社を辞めて約2年間、バックパッカーとして世界一周もしました。一人で到達できる楽しさの世界は大体味わった感覚です。今は1人で海外に行くよりも、2人で行けたほうが断然楽しいです。

 

辰野:私は想いが先行するタイプで、自分でもかなりのドリーマーだなと自覚しています。感覚が赴くままにすぐ海外に飛んで人に会いに行きますし、「いま思い描いている世界をどう実現していくか」という考えで常に頭がいっぱいです。こんな生き方をしていると、パートナーからは理解しづらいと思いますし、月〜金で働いている人とはタイミングが合わない。土日も研修や出張が多く、連続して休めることは稀なんです。そういう意味で言うと、大樹さんは一緒に創ってきているのでタイミングやリズムが自然と一緒になり、独自のワークスタイルを実現することができました。

 

WORK MILL:結婚の決め手は、どこにあったのでしょうか。

 

辰野:価値観と夢を重ねられたこと、ですね。お互い1人で海外を飛び回った経験があるので、世界との距離感やグローバル教育についての問題意識などは共有しやすくて。ふたりで世界地図を広げてお酒を飲みながら、「こんな世界になったらいいよね!」と壮大なビジョンを語り合えて、「じゃあこういうトコからやっていこうか」ってすぐ実働に移せる……そんな間柄だから、夫婦として人生を共有しているのが自然だし、一緒に仕事をしているのも必然。「仕事」と「プライベート」みたいな区別は、私の中でほとんどありません。

 

WORK MILL:仕事とプライベートのバランスは、「はたらく」文脈の中で長らく議論されているテーマだと感じています。鈴木さんも、そこについてはあまり意識していないのでしょうか。

 

鈴木:仕事とプライベートを分ける感覚はないですね。そもそも、「グローバル・シチズンシップで世界を繋ぐ」という、未だ誰も知らない世界に自ら絵を描いて、その実現に向けて自ら動いていく仕事ですから、24時間365日仕事のことを考えているとも言えますし、そもそも「仕事」と表現するのもあまり的確ではないのかもしれません。私たちにとっては、仕事としてやっていることも、生き方というか、人生そのものなんですよね。

 

辰野:私は、社会と職場と家庭って分けて考えない方がいいと思っています。「自分の人生」という大枠の中では、人生を構成する一要素であって、本来ならばお互いにシナジーを出し合うべきパートです。「社会の一員としての私」「会社の一員としての私」「妻としての私」「母としての私」って、いろんな帽子を作ってわざわざ場面ごとにつけ替えると、自分が分断されてしまいます。それよりも、「自分の人生を歩んでいる私」と一括して世界を捉えて、社会で感じたことを職場に、職場で感じたことを家庭に、家庭で感じたことを社会に生かしていけた方が、個人の人生も社会もずっとよい方向に動き出すと感じています。

 

鈴木:GiFTのオフィスは、仕事とプライベートが分断されないように意識して作っていて。だからここにいると、仕事しているような、遊んでいるような、両方の気分でいられるんです(笑)。ミーティングをする時も、ビジネスライクにならずに「まずはお茶かコーヒーでも」と、自宅に招いているようなフランクさで入っていける。そうやって仕事とプライベートの境界が曖昧になって混ざり合った部分から、思いもよらないクリエイティビティが生まれてくることもあるんですよね。ひとつの職場の中にも、いろいろな環境、いろいろな働き方があっていいと思います。

 

WORK MILL:「人生を分断しない」というのが、これからの働き方におけるひとつのキーワードになりそうですね。お話を聞いていると、おふたりは公私隔てなく一緒に支えあっているからこそ、道なき道を切り拓いていけるのだなと感じます。

 

辰野:GiFTの短期留学プログラムの提携先として、私たちには世界中に起業家のパートナーがいます。そのうち、タイのパートナーも、フィリピンのパートナーも、インドネシアのパートナーも、夫婦で会社を回しているんです。どちらに頼りきるわけでもなく、ふたりの生き方を日々開拓しているのは、とても理想的な関係性だなと感じますね。ひとりきりでできることには、やっぱり限界がありますから。夫婦で一緒に働くからこそたどり着ける世界は、きっとあるはずです。

テキスト: 西山 武志
写真:岩本 良介
イラスト:野中 聡紀

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