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ワークライフインテグレーションを体現する「シェア社宅」。オープン2年で見えてきたもの

「大切なのは……仕事? 生活?」「オンとオフをきっちり分けたい?分けるべき?」

  モバイルテクノロジーの発展・普及により、いつでもどこでも仕事ができる環境が当たり前になってきました。仕事とプライベートの境目が曖昧な状況において、仕事と生活を二項対立で捉えること自体がナンセンスになりつつあります。人生観を軸に、仕事と生活を統合させる「ワークライフインテグレーション」という考え方が、これからの時代における論点として注目されています。

今回紹介するのは、「ワークライフインテグレーションを体現した社宅」とも言える「月島荘」。同じ会社の社員が一堂に居住する一般的な「社宅」とは異なり、業種・職種の異なる多種多様な企業の社員が入居する「シェアする社宅」です。

2014年1月、勝どき・月島の地に誕生した地上8階建の3棟構成、敷地面積2011坪のその場所は、古風な名前からは想像もつかないモダンな空間でした。建物の中に一歩入ると、落ち着いた照明に照らされた、ダークブラウンの重厚なインテリアが出迎えてくれます。

全644室の個室が全て満室(2016年4月時点)となるほど、多くの企業・入居者からの支持を得る「月島荘」。シェアすることで生まれる社宅の新たな価値とは、一体どのようなものなのでしょうか。オープンから2年が経過した今、その効果や取り組みを続けることで見えてきたものを探ります。

忙しい社会人が、呼吸するように「交流」できる場所を

左から「乾汽船」資産管理部の酒井美幸さん、月島荘居住者の吉岡利代さん

「毎日がとても幸せで、一生出られない危険性を感じています」

そう語るのは、月島荘入居歴1年7ヶ月(取材時)の吉岡利代(よしおか・りよ)さん。オープンから2周年を迎えたばかりの月島荘の中では、古株の部類に入るそうです。一緒にお話しをうかがった、月島荘事業主である「乾汽船」資産管理部の酒井美幸(さかい・みゆき)さんともかなり打ち解けた様子。聞けば酒井さんも入居者として月島荘で生活しているとのこと。

今回は、そんな事業者・入居者それぞれの立場の2人から、話をうかがいました。

WORK MILL:吉岡さんを惹きつけている月島荘の魅力とは、どういう部分なのでしょうか?

吉岡:普段仕事で会えないような人たちと会うきっかけが、日常の中に自然とちりばめられているところです。いろいろな人と交流できることは楽しいし、自分にとっていい刺激にもなっています。また、住民同士だけではなく、月島荘を使ったイベントなどで外部の人との交流が生まれる点も魅力ですね。

WORK MILL:月島荘は、居住者に「交流」という価値を提供しているのですね。

酒井:はい。「交流」は月島荘がメインに据えるコンセプトのひとつです。
その決め手となったのが、乾汽船の倉庫跡地であるこの土地の再開発を決めたときに行ったリサーチでした。月島・勝どきという地域がどんな背景を持っているのか、どんな人が住んでいて、どんな需要があるのかを調査・分析したんです。
その結果、やはり「職住近接」が叶う場所と言われるだけあって、働き盛りの社会人が多く住んでいるということがわかりました。そこから導き出された答えは、「家には寝に帰るだけ」というような忙しい社会人でも、プライベートで自然に交流できたり、ほっと息がつけるような場所を作りたい、というものでした。ここから月島荘の構想がスタートしました。

WORK MILL:具体的にはどのような形で「交流」が生み出されているのでしょうか?

吉岡:居住者の立場から見て、交流には3つの段階があると思います。
まず、一番大きなレベルだと、年に一度の寮祭のような大きなイベントがあります。月島荘の居住者全員を招いて、料理を持ち寄ってご飯を食べたり、みんなでアイデアコンペをしたりします。
次にミドルサイズの集まりがあります。月島荘には、「クラスター」と呼ばれる上下階のメンバー総勢70名ほどで構成されたグループが存在します。そのほかにも、居住者同士の仲良しグループなどいくつかの中規模なコミュニティがあり、この仲間で集って飲み会をしたりパーティをしたりしています。
最後に、普段の生活のなかで無意識に行うことができる日々の交流があります。廊下ですれ違って挨拶したり、共有スペースでばったり一緒になったり。共同の浴場もあるので、裸の付き合いだってできちゃうんです。

酒井:月島荘では、イベントの開催や、吉岡さんの話にも出た「クラスター」と呼ばれるグループ制など、さまざまな取り組みを行っています。それぞれ効果的に交流が起きるように、所属するクラスターの中に同じ企業の人は5人を超えないようにしたり、ひと企業の入居数の上限を50室としていたりと工夫がされています。
また、ハード面でも交流を促すため、各個室内には必要最低限の設備のみそろえ、料理や洗濯などは各階にある共有スペースで行うように設計されています。その代わり、共用スペースにはジムや勉強室、会議室、ライブラリースペースなどがあり、これらは自由に使用することができます。
部屋から一歩も出たくない、という人にとっては、月島荘は普通のマンションよりも住みづらいと思います。でも、仕事もプライベートももっと充実させたい、もっといろんな人と交流したいと思っている人にとっては、最高の環境になると信じています。

WORK MILL:吉岡さんは、月島荘の施設のなかでお気に入りの場所はありますか?

吉岡:ライブラリースペースが好きです。ここには居住者たちがセレクトした本が置いてあって、自由に借りることができるようになっています。同じような世代の入居者が多いこともあり、普通の大型書店のセレクトよりも、自分の感性に近いものが揃っているような気がします。
また、そこから「あの本読んだよ」など、新たな交流が生まれるのも嬉しいポイントですね。

事業主はきっかけの提供役。あとは多様な人と企業に任せたほうがうまくいく

WORK MILL:入居したての頃は、きっかけがないとなかなか交流が生まれないと思うのですが、吉岡さんはどのようにして知人を増やしていったのですか?

吉岡:イベントに参加したり、居住者が集まるSNSのグループで入居の挨拶をしたあと、廊下ですれ違った人に声をかけたりしていました。

WORK MILL:なるほど。吉岡さんはかなり社交性が高いほうだと思うのですが、居住者のなかには自分から声をかけるのをためらってしまう、内向的な人もいるのではないでしょうか?

酒井:そうですね、そういう人ももちろんいらっしゃいます。
月島荘に入居される方には主に2パターンの背景があり、会社が設定した枠に自ら志願して入居される方と、企業研修のような形で自分の意思とは関係なしに入居される方がいるんです。特に前者の方々は交流にも積極的でいろいろなことにも参加されることが多いですね。

WORK MILL:だから酒井さんのように乾汽船の社員の方も実際に住んで、みなさんのサポートをしているのですね。

酒井:いえ、サポートはほとんどしていません。事業主が無理に手を加えることは基本していないんです。
たとえば、先日初めて住民集会を行ったんですが、これも、もともとは住民の声から始まったものでした。「マナーを守らない人が増えてきた」「交流したいけど出てくる人が少ない」という話を、月島荘の仲のいい居住者から聞くようになったのがきっかけです。
実は、オープン当初の200人ほどだった頃は、顔見知りも作りやすいし、交流も今よりもう少し盛んでした。人が増えると、そういうのが薄まる部分と、もっと濃くなる部分があるのは事実です。そして、薄まってしまった部分は、誰かが動かないと薄まったまま。住民集会を始める前は、そういう状態が続いていたんです。
こうした状況に対して、事業主が「〜しましょう」「〜はしてはいけません」と通達するなどして対策を打つことは簡単です。でも、それをするのは違うという感覚があって。やっぱり、居住者が自分たちの手で作り上げていくところに意味があると思うんです。そうすることで、より「自分ごと」としてもとらえてもらえますし。
それに、契約企業が43社もあるんだから、みんなが意見を出し合った方が、事業主が考えるよりも20倍30倍いい案が出るんじゃないか、と思ったんです。話し合いの場を設けるところまでは事業主である私たちが提供しますが、そこから先は、居住者のみなさんにお任せするようにしています。

生活を共にすることが、「種」を作る「土台」を作ることになる

WORK MILL:入居者同士の交流からビジネスでなにか結実した事例などはありますか?

酒井:まだありません。設立から2年しか経っておらず、居住者もまだ入居して日が浅いこともあり、そんなにすぐにビジネスには結びつかないと思います。
それに、月島荘では営利活動を禁止しています。ただ、食事のときの雑談を動向調査に活かしたりしている人はいますし、ガラス張りの勉強室で深夜まで作業している人を見ると、頑張らなきゃと刺激を受けます。そういった部分で、ゆるやかにビジネスに還元しているんです。
月島荘の入居年数は企業によってさまざまですが、例えば2〜3年だとすると、社会人生活約40年のうちのほんの一瞬の期間。ですが、卒業した後もコミュニティが続いて、将来月島荘がきっかけで彼らのビジネスで何かが起きるようになればとても素敵だな、と思っています。そのための土台を作るのが今の課題でもありますね。

WORK MILL:居住者の方たちがビジネスを強く意識している雰囲気ではないということですね。

吉岡:居住者はオンオフの切り替えがしっかりしている人が多いので、初めて話す人と仲良くなるときにも、仕事の話が切り口にならないことが多いです。住民同士、いち人間同士で仲良くなって、そこからその人に対する興味が湧いてくる。そういうカジュアルな、友達としての付き合いができる場所だと感じています。

酒井:みなさん歳も近いし、新入社員同士などは悩みを共有して「わかるわかるー」と言いながらざっくばらんに話しています。あまりビジネスが前面に出ると、お互いに構えてしまうと思うんですけど、日常生活を共にすると、そういう警戒心ってなくなってくるんです。その繋がりがいずれ財産になる、という思いでやっています。

愚直に守り続けてきた3つの理念が、シェア社宅・月島荘の価値を支えている

WORK MILL:月島荘の提供する「交流」という価値は目に見えにくいと思いますが、それでも多くの企業に賛同してもらっている理由はなんでしょうか?

酒井:契約企業には、商談の際と、契約書で必ず同意いただいているものがあります。それは月島荘の3つの理念「矜持・自主・挨拶」です。矜持は会社の看板を背負って入居しているという自覚をもつ、つまりは自分の行動にプライドを持つこと、自主は受け身ではなく自分ごととして月島荘に向き合うこと、挨拶は、そのままの意味ですね(笑)
契約企業の人事の方には、「この理念を守れない社員がいたら、人事が責任持って指導してください」とお願いしています。

WORK MILL:社員寮なので、何かあると自分の会社に影響を与えてしまう可能性がある中で一種の責任感をみなさん持たれているのでしょうか?

酒井:そうですね。ひとつの企業で50人が住んでいても、そのなかのひとりひとりの行動が会社のイメージにつながることもあり、やっぱりみなさん、生活するにおいて気をつけていると思います。そのおかげもあってか、これまでに大きな問題が起こったこともありません。

WORK MILL:つまり、4月には満室になる月島荘の全入居企業が、その理念に賛同したということですね?

酒井:はい。どんなに大手の優良企業でも、そこを理解いただけなかったら契約していません。そこだけは愚直に守り切ってきました。でもその姿勢が本当に良かったと思っています。企業も居住者も、自分ごととして捉えてくださる方が多いので、かなり助けられています。

かつて、多くの労働者が同じような仕事観と人生観を共有していた高度成長時代にこぞって建てられた社宅は、一括採用、終身雇用の時代背景のもと、社員への住宅費の補助、企業への帰属意識を高めるという価値に重きが置かれていました。しかし、今回紹介した「シェア社宅」には、流動的かつ柔軟な発想を求められ、ダイバーシティ(多様性)が必要とされる時代の人材育成、人材投資に近い意味合いが含まれているのではないでしょうか。

月島荘で過ごす数年の期間が土台となり、今後の日本のムーヴメントを作っていくのかもしれません。

テキスト:坂口 ナオ
写真:岩本 良介
※冒頭の写真のみ、乾汽船提供
イラスト:野中 聡紀