• HOME
  • 第8話「灰色」から「薔薇色」へ

第8話「灰色」から「薔薇色」へ

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による連載コラムです。働く場や働き方に関するテーマを毎月取り上げ、『「〇〇」から「××」へ』という移り変わりと未来予想の視点から読み解きます。

灰色のオフィス

ぎんねず、うめねず、なまりいろ、すねず、あいねず、りきゅうねず……。これらはすべて日本の伝統色。すべてが灰色に属する色です。「四十八茶百鼠」と言われるように、伝統色には白黒系の色がこの他にもたくさんあります。数多くの灰色があるのは江戸時代に出された奢侈 (しゃし)禁止令の影響なんだそうです。倹約政策を推めたい幕府は庶民に派手でカラフルな着物を着ることを禁じます。規制をかけられた江戸の人たちは、許されていた地味な色(灰、茶、青)を組み合わせて、それぞれが微妙に違う色合いの着物をつくってお洒落を楽しんだのです。実にあっぱれな反骨精神ですね。

江戸時代トレンディで持てはやされたであろう灰色ですが、現代ではどうでしょう。ファッションの世界では変わらず重要な地位を保っているものの、一般的にはかなりマイナスイメージを示す色になってしまっています。念のため辞書で確認してみると…、やはり暗いイメージです。

 

はいいろ【灰色】

  1. 灰のような白と黒の中間の色。ねずみ色。グレー。
  2. 希望がなく暗い気持ちで活気のないこと。「灰色の日々を送る」
  3. 《白とも黒ともはっきりしないから》疑惑のあること。「容疑が灰色のまま釈放される」

ーgoo国語辞書より

 

そんな悪いイメージの灰色ですが、この色を積極的に取り入れた空間があります。それってどこ?そう、オフィス空間です。第二次世界大戦後、壊滅したオフィスビルは再建され、日本は高度経済成長を成し遂げます。このときオフィスに配備されていた家具は、スチール製のグレーに塗装された机、椅子、収納でした。一体なぜ、イメージの悪いグレーにしたのでしょうか……。今回はオフィス家具の色彩について書いてみたいと思います。どうぞ最後までお付き合いください。

 

 ー鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』など。

 

オフィスの色は軍艦の色

戦前のオフィスで使われていた机はハンドクラフト的な木製家具でした。これが工業製品に変わるのは終戦後のこと。進駐軍からの要請で日本の家具メーカーが製作して納めたのがグレーのスチール製デスクでした。塗装されていた色は、当時「進駐軍グレー」と呼ばれた軍用色で、アメリカの海軍と空軍で使われていた塗装色。少し緑がかったグレーでした。GHQの影響力のためか、はたまたアメリカに対する憧れのせいかは、今となってはわかりませんが、このグレーの机と同じ色のスチール製の椅子が高度成長期の日本のオフィスに続々と導入されていくことになります。私が生まれた頃のことなのでもちろん見てはいませんし、当時のオフィスをカラーで撮った写真もあまり残っていないので想像の域は出ませんが、この頃のオフィスはきっとどこのオフィスに行っても同じような配色(というか色の無い世界)で、きわめて画一的なものであったに違いありません。

 

あくまでも機能重視、「モーレツ社員」が働けさえすればそれで十分といったもので、インテリア的にはとても寂しい空間。それが日本のオフィスのスタンダードになってしまったのです。「働く場に華やかさなんていらない。遊び心のある空間なんてありえない」というのが当時の常識だったので(今でも「そのとおりだ」と思っている方が少なからずいらっしゃると思いますが)、グレー一色のオフィスはその後長い間つくり続けられることになります 。

 

 家具の色は景気の良し悪し

この様子が少し変わり始めたのは1960年代の半ば頃のことです。青や黒、アイボリーなどグレー以外の塗装が施されたデスクが世に出始め、これと呼応するように鮮やかな色の張地の椅子の販売が開始されます。日本のオフィスに色が付き始めたのです。一度殻を破ってしまうと、オフィス家具には色があることが当たり前に思われるようになっていきます。このあたりは、日本人の暮らしが安定し、生活が豊かになったことと関係しているのかもしれません。

こうしてオフィス家具のカラー化は進み現在に至るのですが、使われてきた色のトーンは時期によって異なります。ファッションの世界に流行色があるように、オフィス家具の色にも流行り廃りがあるのです。その大きな流れを事務用椅子を中心にざっと書き出してみようと思います。

 

1960年代から1980年頃までに使われていた色は彩度の高いビビッドな色。青や赤の派手な椅子が販売されていましたし、青い塗装色の机がオフィス空間にかなりのインパクトを与えていました。こういった椅子や机を入れるだけで、そのオフィスはとてつもなくモダンなものになったことでしょう。
オイルショックが起こり戦後初めて景気の後退を経験した1980年あたりから平成バブルの1990年にかけて、使われる色は淡く優しい色のものが主流になっていきます。若い世代にパステル調のファッションが流行したのがこの頃なので、時流に乗ってオフィス家具の色も切り替わっていったと言えそうです。
バブル景気が崩壊し、阪神淡路大震災やオウム関連事件などが起こった1990年代。暗い世情に力を与えようとするかのごとくビビッドな色がはやり始めます。高彩度なビタミンカラーが持てはやされた時期のことです。この流れに沿うようにオフィス家具、特に椅子は再び鮮やかな張地のものが開発されるようになっていきます。

 

 

小泉内閣が発足したのが2001年。景気回復の兆しが見えてきた中で、ビビッドに向けて進んでいた波は再び淡い色使いの路線へと向かいます。2000年代の半ば以降、オフィスを知的創造の場としてとらえる動きが出始めますが、その中でカジュアルな雰囲気のコミュニケーション空間が盛んに提案されるようになり、家庭のリビングで用いられるような家具、配色がオフィスに取り入れられるようになっていきます。そうこうするうちに現在に至るわけですが、景気の動向とオフィス家具の色のトーンの間には少なからず関係があるようです。

 

なお、不勉強なのでここでは書けませんでしたが、建築の内・外装色や素材の変遷と関係づけて見たりするのも面白いと思います。そちらに詳しい方がおられたら、ぜひ一度見解をお聞かせください。

 

オフィスの色と会社の色

机や椅子といったオフィス家具の色について書いてきましたが、次はオフィス空間全体に話を広げることにします。
現在多くの企業はコーポレートカラーを設定しています。自社をイメージさせるカラーですから、社名のロゴに用いたり、カタログや提出書類など社外に向けて発信する媒体に用いられることが多いですよね。一方で、インナーブランディングという言葉があるように、社員に向けて自社の価値観やイメージを啓蒙することの重要性が最近よく言われるようにもなりました。コーポレートカラーは社員が日常的に利用する場にも用いる必要があるということになります。オフィスという場は、社内・社外両方の人間が利用するところですから、ここにコーポレートカラーを使えば、両者の目に触れることになるので一石二鳥。効果は抜群です。

 

でも実際にコーポレートカラーってどのくらいのオフィス空間に用いられているのでしょう。2007年度に完成した135件のオフィスでコーポレートカラーを採用しているか否かを調べた調査結果を見てみます。
まず、会社の顔であるエントランスでコーポレートカラーを使っていたオフィスは全体の32.3%。インテリアのどの部分に取り入れられたいたかというと、家具が一番多くて44.1%、内装が36.1%とそれに続いています。内装の中では床に用いられるケースが多いようです。

 

ーbp vol.22より コーポレートカラーを家具に用いたオフィス

 

次に執務室について見てみます。コーポレートカラー採用率は35.4%。社内向けの空間がエントランスよりもわずかですが上回っていることがとても興味深いですね。取り入れられていたのは、断トツで家具(特に椅子)が多くなっていて88.7%。内装の5.7%を大きく引き離す結果になっています。
最後にコミュニケーション空間の結果です。ここでの採用率は少なくて10.2%。エントランスや執務室に差をつけられた結果になっていました。ただ無味乾燥とした空間だったわけではなく、寒色や暖色を使って空間を区政しているところが多く、会社のイメージを表現することよりも機能を優先させた結果だと考えられます。

 

CIがブームになったのが1980年代の後半。それからずいぶんと年月が過ぎたので、各企業は当たり前のようにコーポレートカラーを持つようになりました。名刺に会社が定めた色を使っていない人を探す方が今では難しくなっていますよね。でも上の調査結果によれば、オフィス空間に取り入れているのは全体の3割ほどのオフィスに過ぎず、コーポレートカラーはまだまだ有効に使われているとは思えません。社外発信にせよ、インナーブランディングにせよ、色彩計画を見直すことによってオフィス空間の資産価値を高める余地は大いにあると言えそうです。

 

ワーカーは色を求めている

働いている人たちはオフィスの色彩についてどう考えているのでしょう。そんな疑問を解くために行われた調査がありますので、その内容を少し紹介させてください。
この調査はオフィスで働いている人を対象に1986年と2010年の2回行ったもので、同じ質問をしていますので、色彩に対する考え方の変化を知ることができます。オフィスへ色彩を取り入れることについて訊いてみたところ、「もっと色彩を取り入れた方がよい」と回答した人が44.1%もいることがわかりました。86年のときには21.3%でしたから、色彩を求めている人は四半世紀の間に倍増したことになります。逆に「白やグレー、アイボリー程度でよい」とした無彩色派はかつては2割ほどもいましたが、今では100人に1人とほぼ絶滅。オフィスのカラー化に対する認識、要望はこんなに変わってきたのです。オフィス空間はきちんとインテリアデザインされなけばならないのです。

 

次にオフィス空間のどこに色彩を取り入れたいかを訊いた結果です。
1986年では、1位がエントランス、2位執務室、3位食堂、4位廊下、5位が会議室という順番でした。これが2010年では、1位リフレッシュスペース、2位執務室、3位ミーティングスペース、4位にエントランスで5位が会議室となっています。86年のときにはまだリフレッシュスペースは一般的ではなく、食堂がある意味それに当たる空間といってもよさそうです。つまりは以前は3位だった空間が一躍トップに躍り出たことになります。反対に86年1位だったエントランスは2010年ではランク外に脱落。既にエントランス空間には十分に色彩があるので最早要望する必要がないということなのでしょうか。その理由はともかくとして、全体的な傾向として言えそうなのは、昔に比べて今は、社外の人の目に触れる場よりも自らが働く場に優先的に色彩を取り入れたいと考える人が多くなっていることです。「身近なところにもっと色彩を!」これが今現在オフィスで働いている人の声なのです。

 

薔薇色のオフィス

上の調査でわかったことがもうひとつあります。それは、企業の個性を表現する個性的なオフィスを求めている人が現在75%もいるということでした。反対に言えば、今働いているオフィス空間は個性的ではないのです。この要求を満たす方向にこれからのオフィスは向かわなければなりません。テレワークや副業が当たり前になりオフィスで働く時間が短くなったとき、企業に対する働き手の帰属意識はどんどんと薄らいでいくことでしょう。社員の心がバラバラに離れてしまうのを食い止めるために、オフィス空間はこれまで以上に企業らしさを表現するものであらねばならないのです。
さらに、はやりのダイバーシティの観点からは、自席まわりや利用しているスペースを「自分らしく」設えられると良さそうですし、年がら年中同じ色彩ではなく季節を感じられるようにできたら素敵ですよね。

 

二日酔いの朝、少しのんびりしたいなら優しい色使いの空間に、逆に気合を入れたい場合には元気の出る刺激的な色彩環境で働くことができたらどんなにいいでしょう。いずれにしても、オフィス空間はもっと豊かで希望に満ち溢れた環境、幸せを感じさせるような場にしていくべきです。「薔薇色」のオフィス環境が当たり前になっていくことを望んでやまない今日この頃です。

ばらいろ【薔薇色】

  1. うすくれないの色。淡紅色。「頬を薔薇色に染める」
  2. 希望、幸福などに満ちていることのたとえ。「薔薇色の人生」

ーgoo国語辞書より

 

それにしても「薔薇色の人生」とは言いますが、「薔薇色の家庭生活」「薔薇色の在職期間」とはあまり言わないようです。その理由は、前者は薔薇色が当たり前だから(だと思いたい)。後者はそんなことありえないから、なのでしょうか……。もしそうだとしたら、働くことって寂しすぎます。もしそうだとしたら、働くことの意味を皆で考えてみたほうがいいかもしれません。

それでは来月またお会いしましょう。ごきげんようさようなら!

第8話 完
2017年2月28日更新

 

■働くを考えるシリーズ 過去掲載記事

第1話「オフィス」から「ワークプレイス」へ
第2話「みんなにひとつ」から「ひとりにふたつ」へ
第3話「効率」から「創造」へ
第4話「指定席」から「自由席」へ
第5話「座りなさい」から「立ってなさい」へ
第6話「多・遠・長」から「少・近・短」へ
第7話「ピラミッド」から「フラット」へ

 

テキスト:鯨井 康志
写真:岩本 良介
イラスト:
(メインビジュアル)永良 亮子
(文中図版)野中 聡紀

関連記事